(かなり)遅れてきた発達障害日記 -11ページ目

(かなり)遅れてきた発達障害日記

やっぱり人とつながりたいということで、ブログをはじめました。「こうあるべき」っていうのはできるだけ、とっぱらって、正直な気持ちをつづっていきたいと思います。一番の読者は自分なのですけど、読んで、共感してくださる方がいるのはうれしいです。

今のパートナーに出会った時期も含めて、若いころは依存心が強すぎて、一人で生きていくことが考えられなかった。

 

でも今思ってみると、いつも一人で過ごす時間が快適だった。今はパートナーと暮らしていても、一人でいられる時間が大好きだ。たとえば週末にパートナーがなかなか起きてこないときは、これとばかりにブログを書いたり、瞑想をしたりする。誰かが同じ家にいて、なにか別のことをやっていても瞑想はできるのだけど、パートナーがぐっすり寝ているとか、家にいないときは、正直ほっとする。

 

本題に入ると、パートナーってなんなんだろう。(ちなみに念のため説明すると、パートナーというのは、人生のパートナーということで、ストレートだったら、旦那さん、奥さんということ。)

 

今(今だけじゃないけど)自分にとって、本当に大切なのは、この静けさ。誰かと一緒に過ごすなら、この静けさが心の底にある人がいい。瞑想している人たちのなかには、そういうものがある人たちがいる。声を聴いただけで、ほっとする。

 

今のパートナーは、瞑想とか自分の大切にしていることを理解する努力さえしない。それでいいのかな、そうやって一生過ごしてもいいかなと思うときもあったけど、どうなんだろう。自分も若くないし、生きている時間というのは貴重なものなのだ。

 

追記

素の相手をお互いに受け入れられないような関係は、結局時間の無駄なのではないかと思う。おそらくそれ以前に素の自分自身を受け入れるということが必要なのだろうと思うが、それは簡単なことではない。いい言葉が見つからないが、それ自体戦いであるように感じる。