昨日メモした主体性意識と境界線が確立してなかったため、自分の人生にどのような影響があったのかについて書いてみたい。
真っ先に思うのは、カルト、またはカルト的集団にからめとられ、入ってしまったのは、ここで言っている主体性、境界線が欠如していたことが大きいだろう。境界線があいまいになると、何が自分の意思であるか、わからなくなってしまうし、責任という概念自体が理解できなくなったり、本来自分とは関係ないものに対して責任を負おうとしてしまったりする。
振り返ってみると、子供のころに健全な主体性、境界線を発達させることに失敗し、それがきちんと発達しないまま大人になったことがわかる。高校の進路も親が決めてしまって、自分の意思を貫くことができなかった。母親が自分の小学校のときの自由研究や、宿題等をやってしまったこともあった。小学校低学年のころ、自分がなにかの勉強に乗り気でないときに母親が、「誰のために勉強するのか、わかってる?」と聞かれて、自分はそれは母親のためにするものだと思っていて、本気でそう答えたら、「ばっかじゃないの」とかなり強烈な勢いで怒られたことがある。結局理屈としては「自分のために勉強するんだな」とは思ったものの、本心ではどうゆうことなのか、納得できなかったような気がする。
大人になって、パートナーと一緒に住むようになってからも、境界線があいまいなため、妙なストレスをためてきたように思う。今ある選択肢の一つは、主体性、境界線を確立し、一緒に成長することである。もし二人でできないのなら、一人でもできることをやっていくしかない。