(かなり)遅れてきた発達障害日記 -10ページ目

(かなり)遅れてきた発達障害日記

やっぱり人とつながりたいということで、ブログをはじめました。「こうあるべき」っていうのはできるだけ、とっぱらって、正直な気持ちをつづっていきたいと思います。一番の読者は自分なのですけど、読んで、共感してくださる方がいるのはうれしいです。

これは年を取ったせいなのかわからないけど、どうも最近ストレスがたまると、ストレートに体の症状になって現れる。2週間ほど前に、すごくストレスがたまったときは、そのあとの一週間ほど血圧が高い状態が続き、異様に体も疲れるようになった。もしかしたら、別の原因があるのかもしれないけど。。もう人生の折り返し地点も過ぎて、時間がすごくあるというわけでもないので、変にストレスためこんで寝込んだりするのも、時間がもったいないような気もする。

 

本題に入ると、今日フェイスブックで見た、黒人の小さい子供に二体の赤ちゃんの人形を見せ、どう反応するか、どちらを選ぶかという実験の動画を見た。一つの人形はよくある白人の赤ちゃんの人形で、もうひとつは、まったく同じ人形の肌を茶色にしただけのものである。結果は、悲しいことに多くの子供たちが白人の赤ちゃんの人形の方が、きれいだとコメントし、そちらを選ぶことが多かった。

 

結局なにが起きているのかというと、世間にあからさまな形、またはそうでない形で、黒人差別が存在し、5,6歳と思われる子供たちは、それをすでに内面化し、黒人に差別的な価値観を、自分のものとして取り入れてしまっているということである。

 

こういうことは、黒人だけの問題ではない。自分も、あるとき、「ゲイであることは異常である」という価値観を自分のものとして取り入れて、ずっと自分が普通ではないという感覚を持って生きてきた。こういうことは、頭でわかっても解決することではなく、なんらかの形での癒しが必要だと思う。「癒し」とは何なのかについては、また改めて探っていく機会があればと思う。

 

もうひとつ、(多分)自分には発達障害のようなものがあって、作業が遅いし、かなり不器用である。肉筆もかなり汚い。物心ついて以来、まともに部屋の片づけができたこともない。そういう点でも、なにか自分がまともではないという思いをよく抱いてきた。こういうのは、専門家に診てもらって、どういうことなのか、はっきりさせた方がいいのだろうか。

 

いずれにしても、まず、自分自身をそのまま受け入れるというのが第一歩だと思う。世間からの視線で自分を判断し、否定する前に、立ち止まって、まずそんな自分を受けてめてやりたい。