秋風や最後まで観る負け試合  北前波塔

朝日新聞「俳壇」への投句 2022.10.23掲載

     

自分が応援しているチームが負けそうになった時には、観戦を止めて帰ってしまうものなのだろうか。であれば、負けそうな試合であれば、最初から観戦に行かないものなのだろうか。そういう輩が存在する前提で、「いや私は贔屓にしているチームが負けそうな試合でも最後まで観ますよ」と句の作者は宣言している。

 何か政治のことを言っているような気がしてしまう。ありとあらゆる場面で、現状維持の保守派が圧倒的に強い。最初の選挙の時からして、親の地盤を引き継いで、がんじがらめの利権の網を一手に握っている保守政治家が断然有利で強い。そこに向って行く新人候補は最初から負け戦に出かけるようなものだ。その選挙に参加する有権者、選挙民は新人候補の主張に一理あると思っても、一票を投じに行く人は少ない。「所詮、死に票、無駄票になる」と思っているから。しかし、この句の作者のように「勝とうが負けようが、最後まで推す」と決めている人も少なくはない。勝っている試合など応援しなくても良い。負けている試合だからこそ応援するのだ。(文:海千)

「白神の巨人」(写真:南岳)