中村哲医師の行動を丹念に追ったドキュメンタリー映画「荒野に希望の灯をともす」がポレポレ東中野で上映されている。同氏の生涯をごく簡単に紹介したい。同氏は九州大学医学部を卒業し、国内病院勤務後、海外医療協力のためパキスタン辺境のペシャワールへ派遣された。そこは、医療器具といえば「押せば倒れるトロリー車が一台、ねじれたピンセット数本、耳にはめると怪我をする聴診器が一本。患者は自ら背中に担いで搬送するような場所だった。その経験をきっかけに、やがて本格的にパキスタンからアフガニスタンでの医療活動を始めた。しかし、アフガンを襲った大干ばつが多くの難民を生んだ。飢えと渇きで体力が落ちた幼児が感染症で死亡する例が激増。多くの病気は清潔な水と食料があれば防げるものだった。「病は後で治す。まずは命をつなぐことだ」と自ら水確保のための井戸掘りを始め、03年からは用水路の建設に乗り出し、その灌漑事業により、広大な砂漠を農地に替え、多くの人を飢餓や貧困から救った。
米国によるアフガンでの対テロ戦争を自衛隊が後方支援するテロ対策特別措置法を審議する国会で、参考人として「自衛隊派遣は有害無益。日本への信頼感は崩れ去る」と述べたこともある。
2019年に現地で凶弾に倒れて亡くなったが、「骨は、用水路で緑に生まれ変わった砂漠に埋めてほしいー」と述べていたそうだ。
(文は西日本新聞「中村哲という生き方」を参考にしました)
「アスワン 荒野 どう生きる?」(写真:南岳)
