よりたくさんの方々を日本にお連れするため、各国の旅行会社の新規開拓に力を入れております。
怒濤の5月を過ごしました。
5月13日 上海上陸
5月16日 インドネシア ~season2~
5月20日 マレーシア ~season1~
5月27日 上海帰還
5月30日 日本帰国
※season2というのは、出張したのが2回目 という意味です。
5月14日 上海にて、中日企業ビジネス交流会 を当社が企画・運営いたしました。
日本と中国の企業25社、上海市議会の方や、上海淮海地区の商工会議所の方々を
招いての交流会となりました。
上海進出のファーストステップとしての人脈を作る場合、非常に効果的です。
ご興味ある方は、相談いただければ企画いたします。
(この業種のこれくらいの規模の会社の社長に会いたい!など)
さて、 不可能なんてあり得ない ~インドネシア season2~ の始まりです。
インドネシア season1 はこちらをご覧ください。
http://ameblo.jp/freeplus/entry-10854534230.html
※日付がおかしいのはカメラの設定ミスです。
夕方、ジャカルタ(首都)に到着いたしました。
空港のタクシーに騙されることもなく、無事にホテルに到着。
一夜を過ごし、翌日になりました。
この日は、インドネシアの祝日でした。
翌日の訪問の準備をしていたとき、大事なことを思い出しました。
いえ、違います。思い出したのではなく、すっかり忘れていたのです。
「やべ、通訳の人、
手配するのを忘れた。」
前回の出張は日系企業を開拓しておりましたので、日本人がいらっしゃるため大丈夫でした。
今回の目的は、日本旅行を取り扱っている現地の旅行会社の開拓です。
無論、インドネシア語です。
※華僑系ばかりでしたので、中国語も若干通じるという情報と、英語は結構通じるという情報あり
前回、インドネシアに来たときに、ご訪問させていただいた、
Jalarta Travel Service の 松田社長に連絡をしました。
須田 「松田さん、インドネシアに戻ってきました。
すみません、、急なのですが明日から通訳の方手配できますか?」
松田さん 「ん~とりあえず、ホテル行くよ~、ホテルどこ??」
松田さんがホテルに車をサクっと玄関口につけ、
松田さん 「とりあえず、乗りなさい。ゴルフに行くよ。ゴルフできるでしょ?」
須田 「はい!」 (ゴルフは、うちっぱなし1回だけです!)
教え方がとても上手で、ボールが前に飛ぶようになりました。
ちなみに写真は素振りのときです。
ゴルフをしつつ松田社長にたくさんのことを教えていただきました。
そして、無事通訳も手配が完了。
感謝感激です。
そして、この方が通訳です。
アムスディさんです。
もはやジャックバウワーを彷彿とさせます。
Mr.ジャックバウワーのお陰で、新規開拓は順調に進みました。
わかったことは、インドネシアに在住しているお若い華僑の方々は、中国語が話せません。
インドネシアの前回の大統領のときの政策で、中国語を話したりすることが禁じられていた
からのようです。
中国の血なのに、中国語を話せないというのは、少し残念に気持ちになりました(>_<)
そして、熱帯雨林地域特有のスコールが急に降ります。
すごい雨です。
Mr.ジャックバウワー走ります。
2010年夏。
来日旅行事業を立ち上げること。
中国に進出すること。
「中国とか危険だから、コネないと無理だよー」
「旅行事業を経験者なしで、たちあげる?まず旅行会社に入って仕組みを勉強しないと無理じゃない?」
など、たくさんの方に反対されました。
次に、中国でインドネシア進出について相談すると。
「インドネシアの日本行きの旅行会社は華僑系ばかりで、華僑系のつながりを突破するのは無理だよ。」
や、
インドネシアにある日系の旅行会社に聞いても、
「あー、無理だろうねー。もう昔のつながりで仕事してるから」
などの、厳しい言葉をいただきました。
しかし、中国の次の市場として、人口世界4位で尚かつ経済発展著しいインドネシアを
外すことはできません。
日本の来日旅行会社がまだ進出していないということもあり、
完全なるブルーオーシャンです。(当社にとっては)
立ちはだかる華僑の壁を除いては・・・・
しかし、後日・・・・・・・
インドネシア出張
わずか5営業日半で、
ツアーを
受注しましたのです!!
※テンションあがりすぎて日本語がおかしい。
営業に行った日にさっそくインドネシアの旅行会社の担当者からこの企画についての話をいただき、
すぐさま当社の企画担当(日本:小西さん)に、データを送りました。
その後、上海に戻り、次に日本に戻ろうとしたタクシーの中で携帯電話がなりました。
上海担当の久吉さんからでした。
久吉 「社長、インドネシアの案件、決まったそうです!今小西さんから連絡がきました!」
タクシーの中で、涙が流れました。
中国もそうでしたが、また無からはじまった市場で、ビジネスが動き始めたのです。
タクシーの中で、小さくガッツポーズをしました。
FreeplusLCより(当社のクレドカード)から引用
できない理由を探すことは誰にでもできることであり非建設的です。
私たちは、建設的な姿勢で、できる方法を考え問題を解決します。
不可能なんてあり得ない。
人生はいつだって最高です。
須田健太郎







