※今回の日記の表現方法、画像、動画に関しては、グロテスクな部分があり不快に感じる場合があります。
御了承いただける方のみ、ご覧ください。
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すこし前、僕はふと思いました。
毎日ほぼ外食をしているのですが、どこに行ってもお料理が出てくる。
当たり前のことです。飲食店なんですから。
鶏肉、豚肉、牛肉、馬刺し、お刺身・・・・
日本であれば、約1億2,000万人の人が、ほぼ食事にありつけているはずです。
しかも、毎日消費されます。
1億2,000万人分の食事・・食材ですよ?
想像できますか?
世界の人々が皆、食事にありつけているというわけではないですが、
これを世界規模で考えるととんでもない量ということに気が付きます。
人間は食物連鎖の頂点にいるのにも関わらず、莫大な食材を消費していることに、
ぼくはどのようにして食物を生産しているか、疑問に思っていた。
そのときに出会ったのが、
”いのちの食べ方” です。
注) このブログを読む方は、こちらの動画をご覧ください。
見ていただけた方が、ブログへの理解度が高まります。
http://www.espace-sarou.co.jp/inochi/main/wmv/movie.asx
私の感想は、ものすごく悲しい気持ちになりました。
泣きそうになりました。
ちなみに僕はまだ、この映画は見ておりません。
予告編を見ただけです。
しかし、これをきっかけに食べる生き物を殺すということについて、調べてみました。
おすすめの動画を添付いたします。
これは刺激が強いので、自己判断にお任せいたします。
■鉄壁の向こうの隠された涙
http://jp.youtube.com/watch?v=qV9w6sWadH8&feature=related
■地球を貪り食う
http://jp.youtube.com/watch?v=gmNSkdPgxNc&eurl=http%3A//veg.nezumi.to/?eid=683986
そして、僕は不思議な感覚に陥ったのです。
僕は、鹿狩りに行って鹿を山の中でさばいたこともあります。
もちろん生きている鹿を銃で撃ち、意識があれば首の頸動脈を切って、死に至らしめます。
首からお腹までを裂いて、内臓を取り出したりもする。
また釣りに行く時も同じである、多少大きな魚であれば、かなり力も強いし、生きる意志も強いのです。
ためらいもなくエラ付近や、頭上をナイフで刺し、殺して血抜きをします。
これらについては気持ち悪いと思ったことはありません。
しかし、ご覧になっていただいた動画はなぜ気持ち悪いと思ってしますのでしょうか。
考えてみました。
皆さんは、どう思います?
私なりの答えにいきつきました。
感情の交換がない。
というのが、私が導いた答えです。
狩や漁というのは、戦いがあり、勝ち・負けがあり、喜びと悲しみがあります。
しかし、今回紹介した動画は何が違うかと言いますと、
圧倒的な強さで、機械を用いて、大量の生き物を、無表情で殺していく人間たち。
動物たちは、戦えるチャンスすらありません。
動物たちは、怖い・痛い・逃げたい、いった様々な感情を抱きます。
しかし彼らは、ベルトコンベアーに乗って、無感情で命を奪われることを待つだけなのです。
無感情 こそ、恐ろしいものはないと思いました。
戦争にしても同じです。
人と人の感情が交わる殺し合いと、完全に無抵抗の相手を殺すことでは、
客観的に見た時に持つ感情が全然違います。
圧倒的な強さで、機械を用いて、大量の生き物を、無表情で殺していく人間たち。
このフレーズで連想するのは、ナチスによるユダヤ人大量虐殺です。
アウシュビッツを代表する強制収容所は、まさにこの環境だったと思います。
http://www.asahi-net.or.jp/~vr3k-kkh/auschwitz/toppage.htm
それで、ベジタリアンになれってことですか?
というわけではありません。
こういった食材の生産工場があるからこそ、人類の食は守られているということを忘れて欲しくありません。
無感情な職場で働いている方々に感謝をしなければなりません。
これをきっかけに、食について、生き物について、命について、考えるきっかけになればいい
と思っております。
人間は、優秀であり愚かです。
こういったことについて、またお話をしたいと思います。
今日も、食事をいただけることに感謝しましょう。
生きるなら、全力で。 須田健太郎


