ところで昨日写真屋さんに出した、たまっていたフィルムはモノクロが10本に、カラーが9本の合計19本にもなっていた。ちなみにこれは過去10か月ほどの間に私がライカで撮影した本数そのもの、である。ほぼ毎月、多いと月に2回ほど海外出張へ行っていたが、その都度ライカを手に持ち、行った先で大して見栄えもしない、観光地でもない光景を気の向くままに撮っていたらそんなことになった。

 今日はすぐに現像があがったカラー撮影分からランダムに写真を載せながら、私のライカM2を修理した話をしようと思う。
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 今年の4月の始め、私は名古屋方面に出張した。
後は新幹線に乗って帰るだけ、となった夕刻、せっかく名古屋まで来たのだから鞄の中のライカを取り出して、名古屋近辺でも見物して写真でも撮るか、と思った。まずは喫茶店に入り、これまた15年以上愛用している万年筆と、アピカの1000年ペーパーのノートを取り出し、日記を書いた。そして満を持してお気に入りのライカM2のブラックペイント(後塗り)を取り出し、フィルムを装填した。
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 と、ここまではいつものとおり、手つきも我ながら慣れたものである。しかし事件は次の瞬間に起こった。フィルムを入れて裏蓋のライカビットMPを装着し、巻き上げようとしたら巻き上げレバーが動かない。一瞬どういうことなのか全く理解できなかったが、冷静になってみてもやはりレバーは動かなかった。
 フィルムが詰まったのかな?とも思い裏蓋を外してフィルムを入れなおしてみるも、何も変わらない。何となればフィルムがあってもなくても巻き上げはできない状態なのだ。
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 電池などない、純機械式のライカだからこれは何か機械的に故障しているのだ、と思った。何が原因なのかはさっぱり分からないが、ひょっとしたら内部のどこかのネジなどが損傷しているのかもしれない。それとも前のフィルムの切れ端が見えないどこかに噛んでいるのかもしれない。力任せにやったら当然壊しそうだったので、私はついに撮影をあきらめて、所用を済ませるとさっさと新幹線に乗って帰ることにした。実に残念だった。
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 ショックだったのはせっかくやってきた名古屋が撮影できなかった、というよりも、一番のお気に入り、主力機であるこのブラックペイントのライカが動かなくなったことだった。あれから4か月、私はそれを自分の部屋の棚に放ったらかしにしていたのである。それをふと思い立って今日、以前このM2をオーバーホールしたカメラ屋に会社帰りに持って行って修理に出すことにしたのである。
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 レンズとライカビット用の革ケースは家で外し、ボディだけを持って行くことにした。ボディを包む何かいいものがないかと部屋で考えていたら、JALのビジネスクラスでもらったアメニティの袋があることを思い出し、スーツケースの中からそれを取り出して、中身の歯ブラシやらアイマスクを抜いてボディを入れてみたら、これが測ったように幅がピッタリでいい感じだった。
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 そしてカメラ屋でその袋からM2を取り出し、巻き上げられないことを伝えると店主はその状態を確認したかと思うと、さっさとバックドアを外し、シャッター幕を見ていた。スプレーを手にウエスを脱脂したのち、シャッター幕をやさしく押すと、何と動かなかったM2の巻き上げレバーはこともなく、巻けるようになった。店主曰く、シャッターの後幕がどこかボディに引っかかっていただけで、それが外れると元のとおり動くようになった、のである。
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 分解して再メンテナンスして、修理代もさることながら数か月は戻ってこないのではないか、という私の危惧は一瞬にして吹き飛んだ。さらに店主は続けてシャッターブレーキを調整し、シャッタースピードの確認をして、「だいたい(シャッタースピードは)出ている」ことを私に伝えると、これで修理は完了、となったのだ。
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 さすがにこの展開は想定していなかった。今日会社に行っていろいろ調整して明後日発のフライトで今年何度目かのマレーシアへ行くのに、M2がないからこのところ愛用のM4-2を持って行こうと考えていたのが、何と主力のM2を持って行けることになったのだ!
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 メカニカルな機械というのは、ただしい主治医、メカニック、修理人にかかれば正しくすぐに直すことができる。自分ではできなくても、これが機械科出身の私が電子部品の入ってない機械を愛好する理由である。特にライカのように元の機械が優れていて精度よいものは、修理もまたある意味容易である。そうして長く愛用することができるのだ。この点はさすがはドイツ工業製品、古きよき時代の機械であることを再認識した今日、だった。