先日思い立って幕張メッセで開催されていたオートモビルカウンシルという古いクルマのイベントを見に行った。
残念だったのは、会場でフィルムカメラを持った人を見なかったことと、そのとき持って行ったライカM4-2のボディに50㎜ゾンネタールf1.1を付けていたものの、どうやら露出を間違ったか、それとも真夏の光線に感光してしまったのか、その両方かで写真の出来上がりが全く思ったとおりでなかったこと、である。そのままボツにしようかと思ったが、せっかくの夏の思い出、反省の念も込めてここにいくつか掲載する。おかげで普通でない写真にはなったが、まぁ別の意味で雰囲気を味わうこととしよう。
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小学生だった夏休みは遠い日のことになったが、夏休みの自由研究とか工作というのは好きだった。
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小学校の5年だったか、6年だった昭和の50年代に私は何を思い立ったのか、スバル360を厚紙で作って学校へ持って行った。思えばいつからか、クラシックなクルマが好きな子供だったのだ。中でも小学生までは圧倒的にスバル360で、それが中学生になるとトヨタ2000GTになった。
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大学生でイタリア車へ関心が移って今に至る、のだが、結局クラシックなクルマは大学生~社会人に掛けて乗ったイノチェンティのミニ(あの、ミニのイタリアOEM)とか、アウトビアンキのA112程度で、大好きなアバルトのOT1000スパイダーを買おうと思ってクルマ屋に見に行った2000年以降はまったくその手のクルマとは縁がない。
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なぜ子供のころから古いクルマが好きなのかは分からない。それでもAE86と言われるカローラレビン/スプリンタートレノやFC型のRX-7が出たあたりまでは自転車に乗ってせっせと近所のディーラー回りをしてカタログを集めていたのだから、まぁ普通のクルマ好きだったのであるが。
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クルマは機械である。’80年代の多くのクルマは現存していないのは、初期の電子部品が多いから故障すると直せないということもあるのだろう。その点カメラも時計も、機械式はいつまでも修理できるという利点があるのは間違いない。もちろんそれをやってくれる職人さんがいて、のこれは話であるのだが。
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結局機械モノで、みんなが有難がるのは’50年代から’60年代が中心なのはそれが機械式であり、修理可能であることは言うまでもないのだろう。私が小学生だったときにも国産なら2000GTやGT-Rはヒーローだったが、今もそれは変わらない。
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そして日本において我々の世代がクルマ好きなのは、そういう時代背景でもあったが、何よりスーパーカーブームを通っていることも影響しているだろう。今も漫画は読まない私だが、それでもサーキットの狼には小学生のころお世話になり、そしてそれはよろしくメガドックを経てGTロマンの洗礼を浴び、ボルト&ナットあたりで上がりになった。なんだ結構読んでいたのか。
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今日ふと思い立って、もう20年以上愛用している手巻きの時計をメンテに出してきた。ここ数年、どういうわけか、遅れが激しく、日常使いにも支障があるので棚に仕舞いっ放しになっていたものだ。就職してすぐ、学生時代のバイト代の残りで手に入れたものだが、なんだかんだでもう20年以上になった。それも機械式だからなせる業なのだろう。
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あれからもう長い月日が過ぎたが、ネット時代になってからはそれこそ毎晩のように中古車を調べている日々ではある。いつか古いクルマに乗れる、そんな日が来るのではないか、と思いながら。