他人を自分の価値観による判断をすること
つまり
あれは善いこれは悪い
という裁きをして他人を縛り付けることは自分自身を裁き縛り付けることになります
他人への価値判断という批判心による裁きを与えている人ほど自分自身を縛り付けているのです
他人に対して〇〇するのはダメだという気持ちを抱くということは
自分自身にそれを禁じているからです
自分がしていないのにそれをやっている人を見ると悪だと批判するわけです
しかしそんなものを禁じているのはほかでもない自分自身です
他人への批判という裁きをしている人ほど自分自身を縛り付けているわけです
そして他人を批判という裁きをしている人ほど他人からも批判という裁きを受けます
他人を批判する攻撃心を持っている人ほど攻撃の蔓延する世界へ入り込んでいきます
あのイエス・キリストも
「人を裁くな。そうすれば、あなたがたも裁かれることがない。人を罪人だと決めるな。そうすれば、あなたがたも罪人だと決められることがない。赦しなさい。そうすれば、あなたがたも赦される。」
といっています
人を自分の価値観による判断で裁き縛り付けると何より自分自身を縛り付けることになるのでそのような気持ちは手放して許すことが重要になるわけです
例えばあいつは弱いからダメだと裁いている人は自分自身にも弱くてはダメだ弱いものには価値がない悪であるだから自分は強くあらねばと縛り付けて苦しめているわけです
他人を許すことは何より自分を許し解放することなのです