自分自身の記録的に始めたこのブログ。
最後に更新してから約一年が経った。
その間、すごく辛いことが次々に起きて、イヤでも再び自分の内側と向き合う流れになった。
そして今は「魂の闇夜」と言われるような時期にいるのかもしれない。
本当に何にも興味関心が持てなくなり、何も出来なくなってしまったのだ。
好きだった趣味やライフワークも、幸せを感じていた自然との交流も、とにかく何もしたくない、できない、やりたくないのだ。
自分がどこへ向かっているのかも全くわからない。
もうこの肉体を終えてしまいたくなるほどの心境に何度もなった。
あれほど人一倍、自分の内側と向き合ってきた「つもり」だったのに。
その結果がこれ?と思うとさらに辛く、虚しく、悲しくなった。
自分に何が起きているのかわからず、誰にも相談できずに本当に苦しい。
ただ、うつ病とは違うんじゃないか、ということは感じていた。
何か内側のエネルギーが大きく変容しているような気はしていた。
そして、先にこのような時期を通過してきた方々の発信や情報に出会う中で、やはりそうなんだなと今は理解している。
精神世界への探求は以前からしてはいたけれど、少し前に出会ったノンデュアリティ(非二元)の概念。
今は中野真作さんという方の発信がとてもしっくり来ていて、この時期を通過していく上での助けになってくれている。
中野さんの言葉をお借りすると、魂の闇夜とは、自我という無意識の思い込みが崩れ始めるときにはじまるもの。
中野さんは一瞥体験をしながらも、「人間として」、「個の私として」からの視点をとても大切にしていらっしゃる方。
人が抱える苦しみに寄り添った心理的なアプローチが私にはしっくり来ている。
準備ができたときに、師は現れるものだ。本当にありがとうございます。
それまで「自分」だと思っていたものが緩まってきて、真我の領域がだんだん広がり全体性に近づいていく過程。死と再生のプロセス。
今、自分はそういう大切な時期にいるのだと認識するだけで、苦しみは多少なりとも和らいでいくものだ。
ノンデュアリティ的視点から見れば、「私」は幻想で、そんなものは実体としてはないのだけれど、それでも置き去りにしてきた自我のエネルギーが次々に浮上してくるのだ。
自分から分離させてしまっていたもの。
そこに光をあててあげることが今、必要なんだ。
まだまだ光があたっていない自分がいたんだね。
辛いことがたくさん起きたけれど、それは切り離して来てしまった自分を浮かび上がらせらるためのものなんだろう。
とても苦しいけれど、準備が整ったから、それが浮上してきたんだね。
どんな自分もまた、全体性の一部であり、宇宙の表れであるということ。
それが内側深いところまで浸透したときに、この時期を抜けていくのかもしれない。
本当にずっと何も出来なかったのだけれど、今日はこうしてブログを書くことができた。
それだけでも、今の私にとってはすごいこと。
今回はざっくり抽象的に書いたけど、また改めて書いてみたいと思っている。