夢うつつと針小棒大 | アジアご飯、とくにマレーシアご飯、時々つぶやき

アジアご飯、とくにマレーシアご飯、時々つぶやき

2005年から2009年までの4年間、常夏のマレーシアで暮らしていました。2年過ぎた今でも、日本食は「ハレ」の料理でちょっぴりよそよそしく、アジア飯のほうが「ケ=日常」のご飯で、ホッとします。私にとっての食とは、味わいながら、みんなとつながることです。

 

安い渋谷のパスタ屋さんで、われ1人ずるずる。

となりの席に座った、大学生の2人の会話が耳に入る。

 

「あ、ごめん。私さっきから、夢うつつ状態で聞いてなかった」

 

夢うつつ状態――。

辞書いわく、

(「夢うつつ」の形で使われることから誤って)夢見心地。半覚醒。

「『お吸物が冷めます。』と言ふのを―に聞きながら/多情多恨(紅葉)」)

 

ビミョーだ。使い方はうーん…。

「夢うつつに聞いていた」といえばいいのかな。

 

次に聞こえてきたのは、

「それってさ、針小棒大に言っちゃったって感じ?」

 

辞書いわく、

(〔針ほどのものも棒ほどに大きく言う意から〕物事を大げさに誇張して言うこと)

 

これは合っている。

この2人の大学生は、何者じゃ?

難しい言葉を、女子大生風の会話のなかで見事に使いこなしている。

 

四文字熟語とか、漢語、古文とか、

とても口語とは思えない堅苦しい言葉も、

「流行語」に混じってしまえば、

見事に使いこなしてしまうんだろう。


若い人の柔軟性を見せつけられた気がした。