出版業界の変遷 | アジアご飯、とくにマレーシアご飯、時々つぶやき

アジアご飯、とくにマレーシアご飯、時々つぶやき

2005年から2009年までの4年間、常夏のマレーシアで暮らしていました。2年過ぎた今でも、日本食は「ハレ」の料理でちょっぴりよそよそしく、アジア飯のほうが「ケ=日常」のご飯で、ホッとします。私にとっての食とは、味わいながら、みんなとつながることです。


昨日、ある出版パーティに行ってみた。
でも、開演30分後には会場を退出。
1杯のウーロン茶に5500円も払ったわけだ……。

「編集者と知り合いになれるチャンス」
「500名が集まる大名刺交換会」
そんな言葉に惹かれて、ノコノコとひとりで出向いた
わたしもわたしだが、あれはないよなぁ……と正直思う。

最近の出版業界には、「企画屋」「仲介屋」が多く誕生している。
昔は、ライター、カメラマンの直接セールスや紹介などで
出版社と外注先の関係が作られていた。
だが今は、インターネットという世界のなかで
莫大な数の人間がやりとりされている。

たとえば、「仲介屋」はこんな仕組みだ。

出版社は、欲しいジャンルのライター募集を仲介屋にお願いする。
仲介屋は、登録(有料)しているライターにメルマガで一斉配信。
募集内容を気に入ったライターは
「得意分野なので、私が適任です!」という自己PRとともに
仲介屋に返信をする。
ライターの応募数によっては仲介屋が調整し、出版社に連絡。
そのライターを出版社が気に入れば、
ここでようやく出版社とライターが直接交渉、
打ち合わせに進む、というわけだ。

つまり「仲介屋」は、
ネット上の“マスコミ版 人材派遣”のようなもの。

これはまだいい。
実際わたしの仕事も、この仕組みで頂いているし、
不都合もほとんどない。

しかし昨日、それはないよな…と思ったのは
ネット上の「企画屋」の仕組みだ。

彼らは、ライターの作った「書籍の企画」を毎日平均2本、
出版社をはじめ、いろんな大会社にメール配信しているという。
その毎日流されている企画のなかで、
「これはいける!」と
大会社の目に留まったものがあれば、企画屋に連絡。
そこから書籍化の道が開けるという。

実際1年間で、配信した企画が700本くらい。
(と言っていたような…。不確かです)
そのうち30本が書籍になったらしい。
成功事例として
「私の企画は、インターネットで有名な会社から書籍化された。
 この企画屋がなければ、その会社に売り込むことはなかった」
と、紹介されていた。

たしかに、多くの会社に自分の企画を知らせるためには
いいシステムかもしれない。
出版社側も、いい企画に巡り合う、ひとつの場所かもしれない。

でも、わたしは耐えられない。

わたしの企画が、毎日配信される大量の企画情報の
たったひとつになって、簡単にメールで紹介される。
渾身こめて、
伝えたいことを練り上げて出来上がった企画が、
一斉通知のメルマガにのせられ、
ほかの企画と同じように、デジタルの文字で流通する。
それは、絶対にイヤだ。

だいたい企画というものは、
自分の魂の叫びみたいなものではないの?
伝えたい思いが強いから企画となり、
活字にしたいのではないの?
メールでいっせいに流して、
出版社の目に留まらなかったから、終わりか、お蔵入りなんて、
そんなふうに簡単に片付けられるもの?

古い人間で、頭がカタイのかもしれないけれど
企画をメールで流すのは、わたしには合わない。

それを認識できたと思えば
5500円も決して高く無かったかもしれない。