奇想天外なびっくり発想 | アジアご飯、とくにマレーシアご飯、時々つぶやき

アジアご飯、とくにマレーシアご飯、時々つぶやき

2005年から2009年までの4年間、常夏のマレーシアで暮らしていました。2年過ぎた今でも、日本食は「ハレ」の料理でちょっぴりよそよそしく、アジア飯のほうが「ケ=日常」のご飯で、ホッとします。私にとっての食とは、味わいながら、みんなとつながることです。


わたしの彼は海外関係の仕事をしている。
よって、いつも英語と一緒。
手話のはなしをすると、
おのずと、手話、英語という言語の対比になる。

これが、すっごくおもしろい。
超似ているんだよ、手話と英語って。

たとえば、聞こえない人の口話教育や人口内耳。
できるだけ幼いときに始めるほうが効果アリ、という意見。
これは、英語の早期教育の是か否かに結びつく。
日本にいながら、幼い頃から将来のために英語を学ぶ。
この効果はいかほどか?

イディオムについても、同じ。
彼に言わせると、英語独特の表現は「マイナス」の言葉が
多いらしい。だから、かなり親しくないと使えない。
手話も、同じだ。
「ピ」とか「ポ」とかいう口の形をつけながら
ひとつの手話で表す、日本語には訳せない言葉。
よく考えてみると、
「ムカツク」「何よ、アンタ」「どうして?」など、
マイナスイメージのものが多い。
聞こえる人が、こういう単語を使いこなせるのは、かなりのプロ。

この流れで、先日、すごく奇想天外な発見があった。

それは、通訳のこと。
英語の通訳、手話の通訳、この2つには多くの共通点がある。
手話通訳のスキルアップを目指すなら、
英語通訳で言われている練習法、考え方は、とても役に立つのだ。
だけど、ひとつ、超えられないことがある。
英語の場合、必死で勉強すれば、
相手の言葉を自分で理解できるようになるけれど、
手話の場合は、聞こえない人が声を理解できるようには
なれない。

ということを話していたら、
彼が「それは違うんじゃない?」
と言い出した。

「声で訳しているときも、口話でチェックできるんじゃない?」

エッエッエーェー!

「英語だって、ネイティブな人の発音を完璧に分かることは
 絶対にムリ。たしかに程度の差はあるかもしれない。
 英語の場合80%理解できて、手話の場合は20%とかね。
 でも、それは程度の差だと思う」

手話表現を声の言葉に訳すとき、
聞こえない人は、通訳の「口のカタチ」をチェックして
確認すればいい、というのだ。

全部確認するのは難しいかもしれない。
早口だったらムリかもしれない。
でも、たしかに、
相手の口のカタチを読み、発音練習をしてきた口話教育の観点
でいえば、そいうことは可能だ。
すくなくとも、可能だと言われて、聞こえない人は教育を受けてきた。

そういう観点で考えを広げていくと
声で訳した言葉をテープに吹き込んで、文章に書き出して
チェックすることもできるし、
講演者の言葉を文章に起こして、手話表現で理解できたかどうか
チェックすることもできる。
もちろん事後チェックになるけれども、それは英語の通訳も同じだ。
聞こえないから確認できない、と終わるのではなく
確認できる方法をもっと検討すればよかったのだ。

まったく違う業界の人の意見は
どっぷり浸かっている人や
深く知っている人の頭に穴を開ける。
それも、思いも寄らない場所に開ける。

開けられた瞬間は、痛くて驚くけど、
その向こうに、何かしら、もっと美しい場所が
あることに、すぐに気づく。
そして、自分では絶対にたどり着けなかった場所に
ひょんと行き着く。

世界はつながっている。
どんな人の意見も、どんな立場の人も
わたしに贈られた貴重なヒントである。