アルタイ共和国から来た、ボロットさんの歌 | アジアご飯、とくにマレーシアご飯、時々つぶやき

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2005年から2009年までの4年間、常夏のマレーシアで暮らしていました。2年過ぎた今でも、日本食は「ハレ」の料理でちょっぴりよそよそしく、アジア飯のほうが「ケ=日常」のご飯で、ホッとします。私にとっての食とは、味わいながら、みんなとつながることです。


冷たい雨が降っている。
そんな今日、ある人のコンサートに行ってきた。
(あ、もう昨日でした)

アルタイ共和国。
中央アジア、カザフスタン国境近くにある山のなか。
そこに、ボロットさんは住んでいる。
日本からアルタイ共和国まで、移動だけで丸3日もかかるらしい。

ボロットさんは、「喉(のど)歌」といって、喉を使った独特な歌い方をする。
倍音という、同時に2つの音程で歌ったり、
口笛に似た音で歌ったり、
ありえないほどの低音の音で歌ったり。
そしてボロットさんが歌うのは、2000年も昔からシャーマンによって
歌い継がれてきた英雄叙事詩、「カイ」。

そんな知識は、前もって知っていた。
でも、ちーっとも分からなかった。喉声って、なんぞや??

コンサートがはじまって、すぐ感じた。
「ここの音響施設は素晴らしいんだろうけど
 この音楽は、こういう場所で聞くものじゃない。
 草原のなかや、星空のもとに響いてくる歌だな」って。

ラピスラズリのような深い青色の衣装で登場したボロットさんは、
ゆっくりと歌いだす。
喉をふるわせ、音程というよりも、喉を鳴らしているだけ
のように聞こえることもある。
3種類の声が、次々に入れ替わる。
低い音は、とても重厚な声で、ほかの声とはまったく違って聞こえる。
口笛に似た音の声は、まるでお経のよう。
お経のような響きに、やさしい音楽が添えられ、なんだか馴染み深い。

でも、歌というか、声というか、その素晴らしさよりも
私がいちばん心を惹かれたのは、ボロットさん自身だった。
その話し方、その立ち振る舞い。
その姿は、とても謙虚だった。

アルタイ共和国では、今もたくさんシャーマンがいるという。
病気なると人々は、シャーマンに治してもらったりする。
また、アルタイの人は、自然のすべてに命があると考え、
それらすべてに、等しく敬意を払っているのだそう。

そう、その思いが、ボロットさんにあふれていた。
自然によって生かされているという、謙虚さ。
安らかな笑顔のなかに、謙虚さを感じた。
その姿が、とっても素敵だった。

私は最近、謙虚さが欠けていたように思う。
自然とともに生きていると感じながらも
私が、私が、と考えていた。なんと愚かなことなんだろう。
ひとりぼっちじゃ、自然がなければ、大地がなければ、
何も出来ないのにね。

目をつぶって歌声を聴いていたら、
どこまで続く高原と、荘厳な山々が浮かんできた。
一度行ってみたいな。世界のそういう場所に。
神秘なパワーがあるといわれるスピリチュアルスポットに。
生きている間に体感してみたい。

コンサートが終わって、駅まで歩いていたら
ふと、不思議なことに気づいた。
なんだか満たされているのだ。
水がいっぱいに溜まったバスタブみたいに、
心がちゃぷちゃぷといってる。
潤いというか、透明な水が、心に注ぎ込まれたみたい。

そして周りにある色がはっきり見えるような気もする。
夜は、濃い黒で満ちていて、
雨の雫は、いつもより透明な色で、天から降ってくる。

たぶん人は、心を失うと
周りの色が少しずつ褪せていくのだと思う。
薄く、白っぽくなって、気づかないうちに、
すべてが同じ色になってしまう。

そういうとき、音楽や芸術は、
世界をくっきりと戻してくれるパワーがある。
アートに触れると
世界が色濃くなり、はっきりと感じられる気がする。

ボロットさん、心を満たしてくれてありがとう。
歌は、作られたものじゃなく
心から自然と湧き出してくるものだ、と久しぶりに感じたよ。
いつかボロットさんのような歌声を
星空や青空のもとで聞きたいね。
そんな幸運が舞い降りてきたらいいな。