垣谷美雨『七十歳死亡法案、可決』あらすじ | 好奇心の権化、アクティブに生きたい。

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今回は、垣谷美雨さんの『七十歳死亡法案、可決』のあらすじと感想を。

 

まず、この記事であらすじを。

次の記事で感想をつづっていきます。

 

 

 

【注意】

細かい部分ははしょってはいますが、これから読む予定のある人はお気を付け下さいますようお願いします。

 

 

 

■登場人物
・宝田東洋子
55歳の専業主婦。義母の介護に明け暮れている。娘は家を出ており、引きこもりの息子は一向に手伝ってくれない。息子に対しては甘やかすのと同時に、いい企業に就かなくては意味がないという無言のプレッシャーをかけている。

・宝田菊乃
静夫(東洋子の夫)の母にして東洋子の姑。84歳。上半身は元気だが自力で歩くことができず、寝たきりの生活を送っている。他人を家に上げるのが嫌という理由でヘルパーは呼ばず、嫁の東洋子に介護をさせている。息子には甘いが嫁には横柄で、どやしつけはするものの感謝の一言も口にしない。
2年後に施行される「70歳以上の老人は安楽死しなければいけない」法案に怯えている。

・宝田静夫
東洋子の夫。58歳。長年サラリーマンとして家族を養ってきたが、早期退職してこれからは自分(だけ)の人生を満喫しようと考えている楽天家。妻には非協力的で、乱暴者ではないが亭主関白。そのくせ姑息な卑怯者。

・宝田正樹
東洋子と静夫の息子。29歳。一流大学を出て大企業である銀行に就職したものの、整った顔立ちとは反比例して極端にコミュニケーション能力が低い為、3年前に退職。以来、親に生活と生活費の面倒を見て貰っている引きこもり。ろくにしていない就職活動を言い訳に、介護どころか家事すら手伝っていない。

・宝田桃佳
東洋子と静夫の娘にして正樹の姉。30歳。介護の仕事をして一人暮らしをしているが、弟とは逆に容姿は醜く、加えてぱっとしない性格のせいでモテない。

・峰千鶴
正樹の中学時代の同級生。元女子陸上部のエース。気はいいが、自分が継いだ家業である工務店の利益の為なら手段は選ばない守銭奴。

・明美
菊乃の長女にして静夫の姉。子供が独立した今、定年退職した夫と二人暮らしをしている。東洋子にはきつく当たるくせに母親である菊乃の介護を任せきりにしている。夫の稼ぎが少ないせいで62歳にもなってパートを強いられている。

・清恵
菊乃の次女にして静夫の妹。空気の読めない夫がいる。静夫や明美同様、母親の介護は東洋子に任せきりにしたいと考えている。



五十五歳の宝田東洋子は、義母である八十四歳の宝田菊乃に乱暴に呼び付けられ介護を要求され、感謝の一言も言われない、奴隷のような生活を十三年も送っていました。
自由がないどころか、ろくに睡眠をとることすらままなりません。

それなのに夫である静夫は仕事仕事で、いくら東洋子が専業主婦とはいえ、自分の母親のことなのに東洋子に任せきりです。
おまけに息子である正樹は一度大企業に就職したはいいものの辞めてしまい、今ではすっかり引きこもりになり、介護はおろか家事すら手伝ってくれません。
娘である桃佳も家を出てしまい、東洋子に頼れる家族など一人もいませんでした。

五十万円のへそくりだけが、今の東洋子の心の支えです。

そんな中、七十歳死亡法案が二年後に施行されることに決まりました。内容は、七十歳以上の老人は安楽死させるというもの。
高齢者が国民の三割を超えた為に採決された法案です。

この地獄も、あと二年で終わる――
東洋子はそれを希望に、引き続き文句を言うこともなく菊乃の介護をこなしていました。


七十歳死亡法案をきっかけに、ある時、静夫が東洋子と菊乃に切り出します。
「二年後の定年を待たずに会社を辞めようと思うんだよ」

東洋子は喜びます。夫もようやく、家のことに目を向ける気になってくれたのかと。
「私は賛成ですよ」菊乃が言います。
「東洋子は?」
「もちろん賛成よ」

二人の賛成を受け、静夫は微笑みました。
「そうか、よかった。実は、思い切って世界を旅してみようかと思うんだ」

これに東洋子は驚きました。
お義母さんが亡くなってからの話を本人の前で話すのは、いくらなんでも配慮に欠けるのではないだろうか。
でも実を言うと東洋子も、世界遺産を巡りたいと思っていました。地図を片手に、ああでもない、こうでもないと話し合うのも楽しいものです。

「いつから行くつもりなの?」
菊乃が尋ねました。
「十一月に退職して、十二月から行こうと思ってるんだ」

東洋子は耳を疑います。
夫婦で世界旅行するとなると、その間、お義母さんの面倒は誰が見るの?

「今日のOB会で、山岳部主将だった奴と意気投合しちゃってね」
静夫が続けたこの言葉で、東洋子にもようやく現実が理解できました。
夫は最初から夫婦で旅行に行く気などなかったのです。それどころか、どこまで行っても家のことなどお構いなしなのです。

再び静夫は賛成を求めてきました。
「いいわよ、もちろん。だって私はまだ十五年も生きられるんだもの」
東洋子は夫を心底軽蔑しました。


翌週、今度は菊乃が東洋子に切り出しました。
「財産分けをしておきたいから、息子と娘たちの都合のいい日を聞いておいてくれないかしら」

東洋子は言われるがまま、静夫の姉である明美と、末っ子の清恵に電話をかけます。
普段は何かと理由を付けて菊乃に会わないようにしている小姑たちですが、財産分けと聞くや否やいつでも行くと答えました。

財産分けの当日。
東洋子が菊乃の部屋に人数分の椅子と座布団を運んでいると、菊乃に口をはさまれます。
「その座布団はなあに?」
「いいんです。私は座布団で充分ですから」
「東洋子さんはいいわ。相続の話は親族だけでするから」
菊乃にとって東洋子は、親族の頭数には入っていませんでした。
「あなたはお茶を持ってきてくれたら、あとは引っ込んでいいから」
それどころか、お手伝い兼ヘルパーでしかないようです。

昼食を済ませた頃、約束の時間より四十分も早くに小姑たちはやってきました。二人とも自分の夫を連れています。
そのお陰で、東洋子も同席できることになりました。

椅子に菊乃の実の子が、その配偶者は座布団に座り、菊乃の言うことに耳を傾けます。
現在、東洋子たちが住んでいる大きな一軒家は菊乃の名義になっていますが、それを静夫に、現金一千万を明美に、二千万円を清恵に分配すると宣言されました。

すかさず明美が異を唱えます。
「どうして私は清恵の半分なの?」
「だって明美が家を買う時、頭金を一千万出してあげたでしょう?」

「もしもこの家を売ったとしたら、いくらになるんでしょう」
明美の夫が話に割り込みました。話題の矛先を変えようと必死な表情です。
これに答えたのは清恵の夫でした。
「評価額としてはゼロでしょうね。でも土地代はかなりなものじゃないかな」
「六千万とか?」
「それくらいは固いと俺は見ています」
二人の会話を前に、菊乃は憮然とした表情で黙り込んでしまいました。静夫は興味なさそうにきんつばを頬張っています。

「この家、六千万もするの? だとしたら、いくらなんでも不公平じゃないかしら」
明美の発言に清恵も「そうよ」と続きます。

「土地代がいくらだろうが関係ないよ」
ようやく静夫が声を出しました。
「だって俺たち家族は売る気はないんだから、価格を計算したって意味がないよ。なんなら清恵が貰う二千万とこの家を交換してやってもいいよ」
東洋子は驚きます。たったの二千万円で家を手放してどうするのよ。

「そんなのずるいわ。どうして清恵にあげるのよ」当然、明美は黙っていません。
「じゃあ姉貴が貰う一千万と交換でもいいよ。だけど、交換条件として母さんの面倒も見てくれなきゃ困るよ」
その瞬間、明美は言葉に詰まります。

「清恵、この家は諦めて現金でよしとしないか」
夫の言うことに、清恵は同意しました。「家はお姉ちゃんに譲るよ」
「今更、家なんか貰ったって仕方ないわよ」
結局、家は静夫が継ぐことになるようです。

「で、いつ頃、振り込んで貰えるのかな?」
二人そろって通帳を持ってきたという娘たちに、菊乃はぴしりと言い放ちます。
「振り込むのは二年後に決まってるでしょう」

東洋子は思います。わざわざ呼んだのだから、当初はそのつもりではなかった筈です。ところが母親の世話は真っ平御免という態度を示した二人に、強烈な不信感を抱いたのでしょう。
「この家をしーくんに譲るというのは、孫の正樹に譲るということでもあるのよ」
菊乃は、五十八歳にもなる息子のことを未だにしーくんと呼びます。

「そうやって若者を甘やかすというのもどうなんでしょうねぇ。親の財産を当てにすると、ろくな人間にならないと聞きますけどね」清恵の夫が口を出します。
「それは正論ね。じゃあ、この度の遺産相続、清恵も辞退したらどうかしら?」
「お義母さんたらお人が悪い」
清恵の夫の白々しい笑い声が響きました。


後日、菊乃は、訪れた同い年の友人からこのような噂を聞かされます。
「七十歳を過ぎていても、年金は受け取りません、医療費は全額自腹で払いますって一筆書いて区役所に持っていけば死ななくてもいいらしいのよ。それとボランティアもしなきゃだめらしいんだけど」
そんな話は聞いたことがありません。もし本当なら、東洋子が知っていない筈がない。きっとわざと黙っていたのだと邪推します。

またいつものように東洋子を呼び付けた際、菊乃は東洋子をなじります。
「あなた本当は喜んでるんでしょう?」
「何をですか?」
「やあねえ。しらばっくれて。あの法律が出来て嬉しいんでしょう」
「そんなこと……」
「ところで東洋子さん、あのこと知ってるんでしょう」
「あのことって、なんですか?」
「嘘ばっかり。本当は噂で聞いたこと、あるんでしょう?」


ねちねちと嫌がらせを言う菊乃に対して、東洋子の中で何かが弾けました。
「私の耳に噂話なんて一体どこから入ってくるんですか? 私はお義母さんのせいでこの家から出られないんです! そんな私に誰が噂話を聞かせてくれるっていうんですか!」

菊乃の部屋を飛び出した東洋子は、二階のタンスにある筈の預金通帳がないことに気付きました。
風呂から出てきた夫を問いただします。
「ああ、それね。これからは俺が管理することにしたんだよ。今まで本当にご苦労様。買いたいものがあるならその都度言ってくれれば出すから。心配するなよ。俺が旅行で留守にする三ヶ月の家計費は置いていくから」

本物の奴隷になった気がしました。


一方、引きこもりの正樹は自室で見ていた友人のブログから、同じく失業中だった友人が再就職した事実を知って悶々としていました。
いや、働けるならどこでもいいっていう話じゃない。母親もそう思っている。名も知らない企業に就職するぐらいなら、親のスネをかじっている方がましだ。
正樹は自分自身に言い訳をしました。

後日。
久しぶりに友人のブログを見ると、意気揚々と再就職を報告していたのが嘘のように「死にたい」という文言が並んでいます。
心配になった正樹は、先日コンビニで再開した元同級生の峰千鶴にコンタクトを取り、一緒に彼の働く家電量販店へ向かうことにしました。

千鶴とともに再開した友人の目はうつろでした。
聞けば再就職先は相当なブラック企業で、残業代もろくに出ないのに朝早くから深夜まで働かされているというのです。
労組もないので嫌なら辞めるしかない、辞めたらホームレスだという友人に、千鶴は「若者同盟をつくりましょう」と提案します。

正樹が家の自室に戻っていくらか経ちますが、一向に母親が夕飯を届けに来ません。いつもなら決まった時間に持ってくるというのに。
一階は静まり返っていました。冷蔵庫を漁り、買い置きを次々に食べていきます。
「さあて、風呂にでも入るか」
しかし湯舟に足を浸けて悲鳴を上げました。
なんだよ。沸かしてないのかよ。

仕方なくシャワーを浴びていると、どこからともなく声が聞こえてきます。
「と、よ、こ、さーん」
菊乃の声でした。自分には関係のないことなので、バスタオルで体を拭いてジャージを着た後、キッチンに飲み物を取りに行こうと廊下を行きかけます。
「東洋子!」金切声が聞こえてきました。

正樹は二階に上がり、両親の部屋をノックしますが返事がありません。父親は旅行に行ったとして、母親がいないのが不思議です。
部屋に入り、タンスを開けてみて驚きました。何も入っていません。東洋子の洋服やバッグがなくなっています。
一階にある菊乃の部屋へ急ぎました。

「あら正樹じゃないの。久しぶりねえ。東洋子さんはどうしたのよ」
「家の中にはいないみたいだよ。パンでも買ってこようか?」
「その前に……オムツを替えてくれないかしら」

翌日から「東洋子さーん」と呼ぶ菊乃の声が「まさきぃ」に変わりました。


正樹は、家を出て一人暮らしをしている姉の桃佳に泣き付きます。
「悪いんだけど姉貴、帰ってきてくれないかな。お母さんがいなくなっちゃって、おばあちゃんの世話をする人がいないんだよ」
「家出? お母さんが? 正樹がいるじゃない」
「冗談やめてくれよ。どうして俺が老人の世話なんかしなくちゃならないわけ?」
「じゃあ誰ならやって当然だって言うの? お父さんはどうしてんの?」
「親父なんてどうせなんにもできないんだから。それに親父が帰ってきたら、姉貴の負担がもっと増えることになるよ」
「なんで?」
「だって、おばあちゃんを介護した上に親父のご飯もつくらなきゃならないし、洗濯物だって増えるし。あっ、俺はこの際、ご飯は簡単なものでいいけど」
「まるで江戸時代の男と会話してるみたい」
「江戸時代? なんで? ともかく男の俺じゃあどうしようもないんだよ」
「いい加減にしてよ。この役立たず!」

その後、叔母と伯母にも助けを求めますが、二人ともまともに取り合ってはくれません。
現在上海を満喫中の父親にも母親が家出したことを説明しますが、まだ旅行は始まったばかりだとチェックアウトをする気はないようです。

宝田家は泥沼におちいったかに思われました。

しかし召使のように働いていた東洋子がいなくなったことで、どうしても介護をしたくない静夫が動き出し――

 

 

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以上があらすじです。

感想は次の記事に続きます。