【フェンシング】男子フルーレ団体 イタリアを破り史上初の金メダル!快進撃の大会を締め括る|パリオリンピック フェンシング男子フルーレ団体決勝

 

  https://youtu.be/QzdZRHxptuk

 

 

 テレ東スポーツ
 2024/08/05 05:00
 
 
 

フェンシング男子 フルーレ団体 日本が金メダル パリ五輪

 

 

 

 

 

 

パリオリンピック、フェンシングの競技最終日、男子フルーレ団体の決勝で日本はイタリアに45対36で勝ち、この種目で初の金メダルを獲得しました。

 

フェンシングのパリ大会でのメダルは5つ目となります。

 

 

フェンシングの団体は1チーム3人ずつが総当たりで戦い、9回の対戦で合計のポイントが多かったチームか先に45ポイントを取ったチームが勝ちとなります。

男子フルーレ団体で世界ランキング1位の日本は、キャプテンの松山恭助選手、チーム最年少20歳の飯村一輝選手、敷根崇裕選手の去年の世界選手権の優勝メンバーにリザーブの永野雄大選手を加えた4人で今大会に臨みました。

 

 

日本は初戦の準々決勝でカナダ、準決勝で前回・東京大会で金メダルのフランスに勝って、決勝では世界2位のイタリアと対戦しました。

日本は序盤の第3試合までリードしましたが、第4試合で敷根選手が相手の積極的な攻撃に苦しみ18対20と逆転されました。

このあと23対25と2ポイントリードされて迎えた第6試合で、飯村選手が個人のフルーレで銀メダルを獲得したイタリアの選手に対し、持ち味のスピードを生かした攻撃で30対28と逆に2ポイントのリードを奪い返しました。

 

 

さらに第8試合では今大会初出場となったリザーブの永野選手が5連続でポイントをあげて突き放しました。

最終の第9試合も飯村選手が落ち着いた試合運びを見せて日本が45対36で勝ち、男子フルーレ団体で初めての金メダルを獲得しました。

 


日本のこの種目でのメダルは3大会前、2012年のロンドン大会で獲得した銀メダル以来となります。

 

 

そしてフェンシングは前回の東京大会までにあわせて3つのメダルを獲得していますが、1つの大会につき1つでした。

それがパリ大会では

男子エペ個人の金、

男子エペ団体の銀、

女子フルーレ団体女子サーブル団体の銅に

今回の男子フルーレ団体の金

と、あわせて5つのメダル獲得となりました。

また日本は出場した団体種目すべてでメダル獲得です。

 

 

 

 

  フェンシング男子 フルーレ団体 日本 決勝へ パリオリンピック

 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240804/k10014536981000.html

 

 

2024年8月4日 22時54分

 

 

 

 

パリオリンピック、フェンシング男子フルーレ団体で世界ランキング1位の日本は準決勝で前回東京大会で金メダルの世界6位・フランスに45対37で勝って決勝進出を決め銀メダル以上が確定しました。

 

 

この種目で日本がメダルを獲得するのは3大会前のロンドン大会での銀メダル以来です。決勝では初の金メダル獲得を目指します。

 

 

 

  フェンシング男子 フルーレ団体 カナダ破り準決勝へ パリ五輪

 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240804/k10014536831000.html

 

 

2024年8月4日 20時10分

 

 

 

 

パリオリンピック、フェンシング男子フルーレ団体で初戦の準々決勝が行われ、世界ランキング1位の日本は世界16位のカナダに45対26で勝って準決勝に進みました。

 

 

 

 

 

 

 

 【フェンシング女子】日本が銅メダル!世界1位のフランスに勝利!サーブル種目で初メダル|パリオリンピック フェンシング女子サーブル団体

 

  https://youtu.be/Fp9_Z8tZqsY 

 

 

 テレ東スポーツ
 2024/08/04

 

 

 

フェンシング 女子サーブル団体 日本は銅メダル パリ五輪

 

 

 

 

 

 

パリオリンピック、フェンシング女子サーブル団体の3位決定戦で日本は世界ランキング1位の地元フランスを破り、銅メダルを獲得しました。


日本がサーブルでメダルを獲得するのは初めてです。

 

 

 

フェンシングの団体は1チーム3人ずつが総当たりで戦い、9回の対戦で合計のポイントが多かったチームか、先に45ポイントを取ったチームが勝ちとなります。

世界ランキング8位の女子サーブル団体の日本は、個人で世界選手権2連覇を果たし、開会式で旗手を務めた江村美咲選手に、高嶋理紗選手、福島史帆実選手、それにリザーブの尾崎世梨選手のメンバーで今大会に臨み、初戦の準々決勝で世界2位のハンガリーを45対37で破りました。

準決勝では世界3位のウクライナに32対45で敗れ、決勝進出はなりませんでしたが、3位決定戦で世界1位で地元のフランスと対戦しました。

 

 

 

日本は7対10で迎えた第3試合、リザーブでチーム最年少の21歳、尾崎選手が積極的な攻撃でポイントを重ねて15対13と逆転しました。

その後、29対30で迎えた第7試合は、高嶋選手が6連続ポイントを奪って35対30として再び逆転しました。

そして、3ポイントリードで迎えた最後の第9試合は、試合途中に観客がフランス国歌を歌うアウェーの空気感の中、エースの江村選手が巧みなフットワークから強烈な突きを見せるなどポイントを重ね、45対40で勝って銅メダルを獲得しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


原爆の閃光に焼かれた広電車両 あれから79年、今も現役で街を走る






 原爆投下から、まもなく79年となる広島市。同市内を走る広島電鉄には、当時被爆した車両4両が、今も残っている。

【動画】広島電鉄の「被爆電車」650形651号の細部を、車両課の中村洋・千田検車係長が解説


 そのうちの1両が、650形651号で、1942年に木南車両製造(廃業)で作られた。


 1945年8月6日。651号は爆心地から約700メートルの、中電前電停付近を走行中に被爆。車両は脱線し、ドアや屋根の集電装置が吹き飛ばされ半焼した。

 しかし翌46年3月までには原形に近い形で営業運転に復帰し、今も広島の街を走り続けている。

 普段、千田車庫(広島市中区)に停泊していて、不定期で朝のラッシュ時などに営業運転している。

 車体はワンマン化や方向幕の電動大型化、冷房装置が取り付けられるなど改修されている。



■被爆した部分は・・・

 一方、台車は製造当時最新式だった車体と独立して回転できる機構を採用したボギー台車で、多くの部分は当時のままだ。


 また鋼鉄製の車体や車体を留めるびょうも当時のものと思われ、所々が赤茶色にさびている。


 同社によると、被爆による傷痕は確認できないが、台車や車体、びょうを交換した記録はなく、戦後に作られた部品とは異なるという。



 82年に同社に入社した車両課の中村洋・千田検車係長(60)は

「651号はアナログなので、最新型と比べて故障箇所がわかりやすい。ただし、部品を交換してから、人の感覚や経験で調整しないといけないので大変だ」

と話す。



 同社では今後も人々の足としてはもちろん、被爆や戦後復興、未来の平和について考えてもらうきっかけになる車両として運行を続けていきたいという。



(筋野健太)