全身95%の大やけどから生還 自身のわずかな皮膚を採取、培養して少しずつ貼り続ける 「最初は自暴自棄…」涙の転院 「京アニ事件」青葉被告にも施された画期的な治療法|TBS NEWS DIG




全身の95%の大やけどからの生還です。


鳥取大学医学部附属病院救命救急センターが手掛けた国内初のやけど治療例。


自身のわずかな皮膚を採取・培養して、少しずつ貼り続けるという6か月に及ぶ治療です。(=「自家培養表皮」移植手術)

この治療法は鳥大病院では当時2例目、その後10例以上も救命例を増やし、この治療法を確立しつつあります。




▽2021年2月、鳥大病院に全身の95%にやけどを負った男性が搬送されたー

吉岡さん(仮名)と上田敬博医師


「ますい…」
「麻酔するよ、大丈夫、寝てる間に終わりますよ」


2021年6月9日。私たちは初めてその男性に出会いました。


全身には、やけどの跡が生々しく残り、時に痛みに顔をゆがめる表情が目に焼き付きました。



50代の吉岡さん(仮名)。
2021年2月に、自宅で火事に遭い、全身の皮膚の、実に95%という広い範囲に重いやけどを負いました。


吉岡さん(仮名)
「こわいですよ。火がボーっと。すぐ逃げたけどね、逃げてちょっと。冬だったけんね」「気が付いたら鳥大病院に来とったけん。着いたのはわかったけど、その後は覚えとらん」



吉岡さんが運ばれたのは、鳥取県米子市にある鳥大病院・救命救急センター(現在は高度救命救急センター)。


治療に当たったのが上田敬博医師です。



上田医師は、やけど治療に関しては日本医療の先駆者的存在で、その技術が注目されたのは、2019年に起きたあの事件でした。




▽「京アニ事件」青葉被告に施された「自家培養表皮と人工真皮」を使用した画期的な治療法とはー

2019年7月に発生した「京都アニメーション放火殺人事件」。

社員ら36人が死亡、33人が重軽傷を負いました。


ガソリンをまいて火をつけ、その後逃走したとされる被告の男は全身の93%にやけどを負い、命が危ない状態でした。



近畿大学病院で被告の搬送を受け入れたのが、当時、この病院に勤務していた上田医師だったのです。


上田敬博 医師
「特別扱いはしてないと思う。他の患者さんに対しても一緒だと思うけど、あえて他の患者さんと同じように接するのが大切だと思うので」


別の患者の「自家培養表皮」貼り付け手術の様子


わずかに残った皮膚を採取し、培養。

培養できたシート状の表皮を少しずつ貼り続けていくという綱渡りの治療はおよそ4か月にわたり、被告は一命を取り留めました。




▽国内初の救命例…全身の95%にやけどを負った男性の治療経過とはー 

被告の主治医として治療を続けた後、鳥大病院へ働く場を移した上田医師。


吉岡さんは、さらに深刻な全身の95%のやけどでした。


火事で全身の95%にやけどを負った吉岡さん(仮名)


通常のやけどの治療では、患者自身の他の部位から皮膚をとって、やけど部分に移植したり、「スキンバンク」と呼ばれる、亡くなった人から提供を受けた皮膚を移植したりします。



しかし、95%のやけどでは、自身の皮膚を使うのは不可能。

そこでとられた治療法が、わずか5%だけ残ったやけどを負っていない皮膚を採取し、培養する方法です。



吉岡さんから4センチ×2センチの皮膚が採取され、4週間ほどかけて培養。

その間、壊死した皮膚を4回に分けて取り除き、その部位に人工真皮を貼り付け、命をつなぎます。


別の患者の自家培養表皮


出来上がった自家培養表皮を植皮する手術を重ねました。


全身管理などを含め、技術はもちろん根気も要る治療。

吉岡さんは、10回もの手術を乗り越え、何とか一命を取り留めました。



自家培養表皮と人工真皮のみでの治療例は、鳥大病院では2例目。
95%という広範囲の重傷熱傷、50代という年齢で、この治療法を用いての治療例は国内初のことでした。




▽一命を取り留めた吉岡さん「最初は自暴自棄…」転院までの軌跡

「痛いけど伸ばすよ…」


7月に訪れると、吉岡さんはリハビリに励んでいました。


リハビリ中の吉岡さん(仮名)


リハビリスタッフ
「だいぶ皮膚が瘢痕化してきて硬くなってきているので、膝の裏などを伸ばしてあげないと、なかなか歩きにくいですね」



1日の大半をベッドで過ごすため、硬くなってしまう皮膚を柔らかくして伸ばしていきます。

歩行器を使えば、自分の足で歩くこともできるようになりました。


歩行器を使って歩く吉岡さん(仮名)


吉岡さん
「いまこうしていることが生きているんだけんな。病院だけど生きとるんだけん。助かったんだからな。だから退院したいな…退院したい」



それから1か月後、吉岡さんを訪ねると、これまであまり語りたがらなかった過去の話を、ポツリポツリと語り始めました。


以前は農業に携わっていたそうです。



吉岡さん
「力仕事は力仕事。夏なんかは汗びっしょりにしとったけん。畑は草ボーボーだろうね、どうなったか分からん。何か月も経ってるし、どうなっているか分からん。病院生活も長いなと思う、ほんに…」



突然失った自宅。変わり果てた自分の姿。

一時は自暴自棄に陥ったこともあったそうですが、退院したあとに挑戦したいことも考えるようになりました。



吉岡さん
「挑戦、挑戦なぁ、車の運転や仕事ができればと思うけど…こんなことも言うけど、そりゃビールなんかも飲みたいかもしれませんよ」



驚異の回復を見せた吉岡さん。
9月にはリハビリ中心に治療が進められる病院へと転院することが決まりました。


病院スタッフに別れを告げる吉岡さん(仮名)


吉岡さん
「さよなら、また会える日を」


お世話になった医療スタッフに別れを告げます。




上田敬博 医師
「ここ1か月くらいですよ。あんな風に自分の思いや、胸の内とかを話すようになったのは。最初はもう自暴自棄になっていたので…治療もしなくていいみたいな。

そこをみんながサポートしてくれて、自分ひとりじゃやないっていう、そういう感じになって頑張れたんじゃないかなと思います。

当初は、まさかこんな日が来るとは思っていなかったし、本人の頑張りと、スタッフ、リハビリとかナースとか、みんなの頑張りの集大成かなと思います」



吉岡さん
「先生方や看護師さんのおかげでここまで来られたと思いますので、それを感謝しています。ありがとうございました。…ちょっと涙が出てきたな」


涙が浮かぶその目は、しっかりと前を見据えています。


転院する吉岡さん(仮名)と上田医師


吉岡さん
「今度はもし戻ってきたら、自分で歩いてくるようにしようと頑張りますんで」


またひとつ、吉岡さんの目標ができました。



上田教授 医師
「じゃあまた、元気で。また傷を見に行きますんでね。頑張ってね」




▽「自家培養表皮と人工真皮」を使用した治療法を確実なものに

鳥大病院で、2020年から導入された「自家培養表皮と人工真皮」を使用した治療例は、2024年7月までに15例にのぼりました。


2022年には、熱湯により、全身の皮膚の40%に重いやけどを負った2歳未満の男児に対し、同様の治療法で救命に成功するなど(※国内初の救命例)、この治療例を確立しつつあります。


鳥大病院では、この治療を特殊な治療として捉えるのでなく、熱傷治療に携わる医療機関であれば施行可能となるように普及していきたいとしています。


別のやけど患者の手術


上田敬博 医師
「他の地域、他の医療機関でも十分治療が可能になると考えています。ただし、かなり教育や啓蒙が必要だと思うので、その辺を力入れていやっていきたいと思います」