イラン大統領と外相ら、ヘリ墜落で死亡と確認=国営メディア

 

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2024年5月20日 11:33

 

 

 

イランのエブラヒム・ライシ大統領

画像提供,REUTERS

画像説明,イランのエブラヒム・ライシ大統領

 

 

 

イラン国営メディアは20日午前、エブラヒム・ライシ大統領(63)やホセイン・アミル・アブドラヒアン外相らを乗せたヘリコプターが19日、同国北西部で墜落し、大統領が外相が死亡したことを確認したと伝えた。

イランの国営メディアは19日、大統領らを乗せたヘリコプターが事故により、同国北西部で不時着したと報じていた。

現地メディアによると、ライシ大統領はアゼルバイジャンとの国境付近の二つのダム(キズ・カラシ、コーダアファリン)の竣工式に出席したあと、北西部タブリーズ市に向かっていた。ヘリは同市の北約50キロ付近で墜落したという。

国営IRNA通信によると、墜落機の同乗者たちの死亡も確認された。タブリーズ市で金曜の祈りを主導していたモハマド・アリ・アル・エ・ハシェム師、東アゼルバイジャン州の州知事、マレク・ラフマティ将軍、大統領の警備責任者サルダル・サイエド・メフディ・ムサヴィ氏の死亡が発表されたほか、複数のボディガードやヘリコプターの乗務員も死亡したという。

 

 

 

BBCペルシャ語のバフマン・カルバシ記者によると、イランの憲法は、大統領が職務を遂行できなくなった場合、第一副大統領が職務を代行しつつ、50日以内に大統領選挙を実施するよう定めている。

最高指導者アリ・ハメネイ師は、ライシ大統領のため5日間の服喪を発表した。

ロイター通信によると、政府は外相代行に、アリ・バゲリ・カニ副外相を任命した。

イランが長年後押ししてきたイスラム組織ハマスやレバノンのシーア派組織ヒズボラは、相次いで追悼の意を表明している。イランと協力関係にあるロシアも、同様に弔意を示している。

 

 

 

濃霧で視界の悪い現場

イラン国営通信IRNAはソーシャルメディアに、ライシ大統領を乗せたヘリコプターの墜落現場を撮影したものだとして、ドローン映像をソーシャルメディアに掲載した。

 

映像は赤新月社が撮影したもので、丘陵の中腹で焼かれた地面の横に、ヘリコプターの尾翼があるように見える。周囲には多数の破片が散らばっている。

 

 

現場に向かう救急車

画像提供,WANA NEWS AGENCY/REUTERS

画像説明,現場に向かう救助車両

 

不時着現場は当初確認されていなかったが、イラン国営テレビは20日早朝、救助隊が現場を特定したと伝えた。イランの赤新月社のトップは、状況はよくないと国営テレビに話した。

 

これに先立ちアフマド・ヴァヒディ内相は、悪天候のため救助隊の現場到着に時間がかかっていると説明していた。

 

 

イランのファルス通信によると、墜落現場の周辺は木々の多い山中で、濃い霧によって視界は5メートルほどしかなく、「不時着」の一報が伝わった当初は、捜索が困難な状況だった。

イランの国営通信によると、ライシ大統領が乗っていたヘリコプターは「ベル212」。アメリカ製で、1979年のイラン革命以降に、アメリカからイランに売却されたことはあり得ないとされる。

 

 

ライシ大統領らを乗せて離陸したヘリコプター

画像提供,WANA NEWS AGENCY/REUTERS

画像説明,ライシ大統領らを乗せて離陸したヘリコプター(19日、イランとアゼルバイジャンの国境近く)

 

 

タブリーズ市選出の国会議員アフマド・アリレザベイギ氏はテヘランで記者団に、一緒に飛行していた他のヘリ2機は無事に着陸したとした。

イランの最高指導者アリ・ハメネイ師は、国民に「心配しない」よう呼びかけるとともに、「国の仕事に支障は生じない」と述べた。

国営テレビは、大統領の無事を祈る聖地マシャドの礼拝者らの映像を放送した。

米国務省の報道官は、報道を注視していると、BBCが提携する米CBSニュースに話した。

米上院の民主党トップのチャック・シューマー院内総務は、米情報当局と協議後の記者会見で、「現時点では犯罪の証拠はない」、「ヘリが墜落したイラン北西部の天候は非常に濃い霧だったので、事故のように見える。ただ、まだ調査中だ」と話した。

トルコは山岳救助隊をイランに派遣した。ロシアも救助専門家47人のチームを派遣。アゼルバイジャン、アルメニア、イラク、アラブ首長国連邦の各国も、捜索救助活動への支援を申し出ている。ロシアは事故原因調査に協力する意向もイランに伝えている。

 

イラン北西部

 

 

ハマス、ヒズボラ、ロシア、シリアから追悼

ライシ大統領の急死を受けて、インドのナレンドラ・モディ首相はソーシャルメディアで「(大統領の)悲劇的な死を深く悲しみ、衝撃を受けている」と書き、インドは「この悲痛な時」に「イランを支える」とした。

 

パキスタンのシャバズ・シャリフ首相は、ライシ氏の死は「ひどい損失」だとして、パキスタンは1日、喪に服すと明らかにした。

 

イランが長年にわたり後押ししてきたハマスは公式サイトで、「イランの兄弟たちの悲しみと苦痛を共有する」と書き、イランと「完全に連帯する」と強調した。ハマスはさらに、ヘリコプター墜落で死亡した人たちを「イランの再生において長く旅をしてきた、イラン最良の指導者たちだった」とたたえたほか、パレスチナの大義に「連帯」してくれたことに感謝した。

 

同様にイランが後押ししてきたヒズボラも、「レバノンのヒズボラは深い哀悼の意をお送りする」と声明を発表し、ライシ大統領と「もう長いこと親しかった」と振り返った。ライシ氏は「我々の大義を強力に支援し、抵抗運動を擁護してくれた」とたたえた。

 

イランと協力関係にあるロシアからは、セルゲイ・ラヴロフ外相が、ライシ大統領とアブドラヒアン外相について、「ロシアにとって本当の、信頼できる友人」だったと追悼し、死亡した両氏が「ロシアとイランの双方の利益になる協力と信頼関係を強化」したとたたえた。

シリア内戦を通じてイランの支援を受けていたシリアのバシャール・アル・アサド大統領は、「イラン・イスラム共和国とシリアの連帯を再確認し、亡くなった方たちの遺族に寄り添う」とコメントした。

アゼルバイジャンのイルハム・アリエフ大統領は、ライシ大統領とアブドラヒアン外相の急死に「深く衝撃を受けている」と述べ、「イラン国民は、自分の国に一生をかけて、忠誠を尽くし、身を犠牲にしてきた人物を失った」としのび、イラン国民と遺族に追悼の意を示した。

 

 

ライシ大統領とは

ライシ大統領は2021年の大統領選挙で、2度目の挑戦で当選した。強硬派のイスラム指導者とみられており、イランで1989年から最高指導者を務めているハメネイ師の後継者候補と目されている。

 

2019年にはハメネイ師によって、強大な力をもつ司法府長官に指名された。

 

また、次期最高指導者を選出する、イスラム教指導者ら88人で構成する専門家会議の副議長にも選出された。

 

BBCのリーズ・ドゥーセット国際担当主任編集委員は、ライシ大統領の安否は不明だが、仮に死亡したとしても、イランの外交や国内政策への影響はほとんどないだろうと説明。

 

大統領は国政を日常的に担ってきたものの、権限は非常に限定されており、政策を示して最終決定をするのは最高指導者だとした。

 

ソーシャルメディアには、偽情報が多数出回った。ライシ大統領らが乗ったヘリが墜落した場面だとする映像や、墜落したヘリの残骸だとする画像(いずれも今回のヘリとは無関係)などが、数万回にわたり閲覧された。

 

 

 

今後の展開は

イラン・イスラム共和国の憲法は、大統領が死亡や病気、弾劾あるいは議会によって退任させられるなど、その職務を続けられなくなった場合の手続きは、明確に決まっている。

 

BBCペルシャ語のカルバシ記者によると、今後はモハメド・モクベル第一副大統領(68)が当座の職務を代行し、議会や司法機関の幹部と共に50日以内に、新大統領を選ぶ選挙の実施を監督する。この一連の手続きは最高指導者の承認のもとに行われる。

 

国営メディアが大統領の死亡を確認したことから、政府は選挙実施へ向けて動き出すものの、国民の関心は前回同様に低調に終わるだろうとカルバシ記者は言う。

 

前回は、ライシ氏を脅かすような対抗馬は全員、出馬を阻止された。有権者のほとんどは、やらせ選挙だとしてボイコットして、ライシ氏は全有権者の約30%という低支持率で当選した。

 

 

【解説】 イランの次の最高指導者とみなされていた――リーズ・ドゥセット国際担当主任編集委員

エブラヒム・ライシ大統領はイラン・イスラム共和国で、権力の頂点の近くにいた。そしていずれ、その頂点を極めるものと広くみなされていた。

劇的な展開で、まったく異なる事態になった。

 

乗っていたヘリコプターが19日に墜落し、ライシ大統領は急死した。それによって、85歳になる最高指導者アリ・ハメネイ師の後をいずれ誰が継ぐのか、これまでの憶測がひっくり返されてしまった。ハメネイ師の健康もかねて、いろいろと取りざたされている状況のただなかで。

 

ライシ氏は強硬派の大統領だった。その悲劇的な急死によって、イランの政策の方向性や共和国が何か重大な形で揺さぶられるとは、思われていない。

 

ただし、役職が公選かどうかを問わず、保守的な強硬派があらゆる権力の機関をすべて掌握している国において、大統領の急死はその国家体制を試すことになる。

政敵たちは大統領が突如として退場したことを、歓迎するだろう。大統領はかつて検察官として1980年代に、政治犯の大量処刑に決定的な役割を担ったとされている(本人は否定している)。そのライシ氏がいなくなることで、今の政権の終わりが早まったと、政敵は期待するだろう。

イランを支配する保守派にとっては、さまざまな感情があふれる国葬となるだろう。同時に、何も変わりはしないという合図を送り始める機会にもなる。

ライシ氏の急死を受けて、大統領の後任を決める必要があるだけでなく、最高指導者を任免する機関「専門家会議」での後任も決めなくてはならない。イランではいずれ来る、その権力移譲こそが重大なのだ。