JWをやめた当時は、母から「遊んでばっかり、自分のことばっかり」とよく言われました。


自立して一人暮らしをし、会社員として週5日、残業が多い仕事をしていたので、決して遊んでばかりではなかったのに。


仕事帰りに、遅くまでやってる駅のショッピングモールに寄って、夕ご飯を買ったり、雑貨を見たり、カフェでちょっと休憩して帰るのがわたしの息抜きでした。


そんなわたしに母は、「集会に行かないでまさか買い物とかしてるわけじゃないよね?」と怒りに満ちた顔をしながら、嫌味を言ってきました。当時のわたしは、その通りだったので罪悪感でいっぱいになり、何も言えずにうなだれました。


冷静に考えたら、JWをやめて集会に行かないのは当然なのだから、集会の時間に何をしてようとわたしの自由なのです。

わたしだって母に、「お父さんひとりでご飯食べさせて、まさか夜に外(集会)に出歩いてなんてないよね?」ということだってできますが、それをしないのは、母の自由を尊重したいからです。


母に怒られたくない、嫌悪されたくない、否定されたくないわたしのインナーチャイルドが怯えていました。


母の生きがいはJW研究しかないといっても過言ではないので、悪魔サタンの影響を受けている「この世のもの」を楽しむなんて、恐ろしいことなんだと思います。

わたしは真理にとどまれなかった弱い娘。。と、ずっと一方的に裁かれている気分でした。


頭では、わたしは信仰が特になくてやめたのだから、気にせず自分の人生って楽しめばいいのに!と思うのです。


でも、どうしても、心の中では母が良しとする活動以外のことで楽しんではいけないんだ、という思いを手放せませんでした。

特にJWを辞めた直後は、わたしに否定的な母から罪悪感を煽られて、それにのまれて自分で自分の傷をもっと深くえぐっていたような気がします。

自分を責め続けていました。


母は、わたしがどんな思いでJWでやってきたか、どれほど追い詰められた気持ちだったのか、そしてJWをやめた訳を聞いてくれたことはありません。

そういえば、子どもの頃から、親が、わたしの気持ちを気にかけてくれた記憶はあまりありません。見えるところ、例えば体調が悪い時などはちゃんとケアしてくれたし、衣食住に不足はなかったのですが、心ははたしてどうだったのか。まずは親に従順が絶対でした。


インナーチャイルドケアに出会い、ケアすればするほど、自分がどれだけ気持ちを抑えて生きてきたかを感じるようになりました。


わたしはずっと「エホバのご意志」に沿わない感情は、感じてはいけないと自分に言い聞かせていたんだとあらためて思いました。


胸が熱くなる感動、心が踊る体験、人を信じる気持ちや、優しさや愛情を感じること…

それをJWの世界以外の人や物事で感じてはいけない。それは悪魔サタンの誘惑だから。

この思考が非常に強くありました。


JW時代に、あるアーチストのLiveに行ったことがあります。

スポットライトが光って、ステージに向かって、みんな一斉に声をあげて、ノリノリになっているのをみたとき、ふと我に返り「みんなサタンに惑わされてるんだ、これがサタンなんだ、ダメなダメだ一緒にのってはいけない。」と自分の熱い想いにぎゅーっと蓋をしました。自分だけ切り離された無音の世界にいるような気分になりました。


怖いことにその感覚が今でもあります。


人間は唯一の真理であるJWの世界の中だけで楽しむべき、喜ぶべきだ、JW以外の世は悪魔サタンの配下にあるのだから、この世のものを楽しむことはサタンを愛してると同じと言うことだ、この世のものは徹底的に憎むべきだ、という思考は、深く深くわたしの心を支配しているのだと思います。


JWの神エホバに自分の全てを捧げ

悪魔サタンのことは敵視し憎悪する


この二つしか存在してない世界で、人間のわたしの気持など、重要ではない、無視するしかありませんでした。


わたしは、大好きな母に見放されないために、その思考を手放さずにずっと頑張ってきたんだと思います。


わたしのチャイルドにこういってあげたい。


ずっとずっと頑張ってきたんだよね。

わたしの気持ちを伝えられない、お母さんにとってわたしがどう思っているかは大事じゃない、子どもの気持ちよりエホバのご意志が大事、それがあたりまえなんだと納得させていたよね。

ねえ、ほんとにそうなのかな?

わたしの気持ちは大事じゃないのかな?


今はわたしがお母さん。

わたしは、あなたの気持ちがとっても大事だよ。もうあなたの気持ちを決めつけるものはない。自由に感じて大丈夫なんだよ。

ああそっか。ハッピーな気持ちになるのが怖いんだよね。

エホバ以外のことで、楽しいって心から感じることをまだまだ禁止してるんだよね。

ずっとがまんしてきたの知ってるよ。

がまんしてがんばってきたのに、幸せな気分になれないのがなぜだかわからなくて、悔しくて悲しかったんだよね。

わたしは、あなたがどんな感情をもっていても、ただただ受けとるよ。

だめな気持ちなんてないよ。

いつも、今どんな気持ち?って聞くよ

そして、いまあなたは自由なんだよ。

もうがまんしないでいいからね。


わたしは今以上に、自分の気持ちを、丁寧に敏感に感じとっていきたいと思います。