また面倒になって人間関係を切ってしまった。
ネット上で知り合った人だ。
これで何度目だろう。
いつも関係を築くと同時に、この人もきっといつか音信不通になってしまうんだろうな、と予感している。
その予感が外れたことは一度もない。
その人と関係を築いていくのが面倒になって、いつも連絡を遮断するのはわたしだ。
どうして面倒になってしまうのかというと、相手にとって居心地のよい人間であろうと振舞っているからだ。
自分とは違う人間の振る舞いをし続けることは、なかなか疲れる。
しかも相手が疲れるのに見合うほどのリターンをわたしにくれるわけではない。
こう言ってしまうと最低の人間だけど(言わなくても元から最低の人間だけど)、関係を築くメリットが感じられないと、面倒になるのも仕方ないのだ。
自分が他人からどう見られるかを気にしすぎるのは、自分がメリット・デメリットで人間関係を構築していることからきているのかもしれない。
自分自身、他人をメリット・デメリットで判断するせいで、他人からもメリット・デメリットで判断されると思い込んでいる。
実際のところはどうなんだろう。
あなたは、人間関係を構築するときに、メリット・デメリットを考えたりする?
それとも、そんなことは関係なく、好きな人は好きだ、関係を築きたい! って思う?
うーん、それ自体も難しいところだ。
好きっていうことは、つまりその人といるだけで自分にメリットが与えられるってことになる。
だって、好きな人と一緒にいられると嬉しいものだし。
てことは、メリット・デメリットも無視して築く人間関係なんて、もともとありえないってことなんだろうか?
わたしがネット上で定期的に人間関係を築いては、面倒になってぷつっと音信不通になる。
これを繰り返すことによるメリットって一体何なのだろう、と考えてみた。
自分自身を偽って、他者から好かれるような人格になりきって、「他者から求められる感覚」を味わいたいのかもしれない。
水商売もそんな感じなのかな。
やったことないから、全く分からないんだけど。
ただ、ひとつだけ言えることは、水商売はそれで給料をもらえるのに対して、わたしは全くの無償でやっている。
だから、「お金」という要素をも排除して、純粋に「他者から求められる感覚」だけを求めていると言える。
そして、水商売よりも良い点は、プロフェッショナルとしてお金をもらうわけでもないから、責任も感じずに済むというところだ。
自分が少しでもストレスを感じたら、いつでも関係を切ることができる。
これって本当に、すごい娯楽だ。
人の時間を奪うだけ奪って、飽きたらその時間を無かったことにしてしまうわけだから。
ひどいことをやっていると、自分自身で理解している。
でも、やめられない。
こういう裏事情も分かって、相手してくれる人がいれば、一番楽なんだけどな。
そうはいかないのが、世の中うまく歯車の合わさらないところだ。