時をかける少女のように -5ページ目

時をかける少女のように

なんとなく生きることも良しとします。

とりあえず一週間続いた。
また一週間続ける。


何者かになれないことは分かっているけど、何者でもない普通の生活すらも難しい。
何者かになるとか、ならないとか考えていること自体が、人を上下関係で見ているような気がする。
何者かになれた人が上、なれないものは下。

わたしは、自分よりも下を見つけて安心しているし、その「下の存在」になることが恐ろしくてしかたないのだ。


人を見下して生きることは、同時に自分も見下されているのを意識しながら生きることかもしれない。
それって、もったいない生き方だ。
前にも書いたけど、わたしは本当にもったいない生き方をしている。

あなたは、そんなこと、考えたりする?
自分が他の人より、上か下かとか、自分がもうこれ以上下にはなりたくないとか、そんなこと。

もったいない生き方だって分かっているから、じゃあ人間関係は上下なんかじゃないんだ、とか、逆に自分が一番下なんだとか、考えるようにしてみたけど、全く意味がなかった。
結局、心の奥底では、下だと思う人を見下し、上だと思う人を妬んでいる。

そうしていることで、自分が何も変わらなくても済むっていうのが楽なんだろう。
聞いたことがある。
人間は環境に慣れてしまえば、そこに浸って何も変わらずに生きていく方が楽なんだって。

楽じゃなく生きていくことはできないものかな。


将来どんな職業につきたいかが分からなくて悩んでいる同級生の子がいた。
中学生、高校生のころの話だ。
わたしは、いつからか忘れるほどなんとなーく、将来のなりたい職業を「小学校の教師になること」だと思って生きてきた。

小学校の教師になれば、安定して給料をもらえるし、社会保障もしっかりしている。
それに、わたしは飽き性だから、同じ事をえんえんと繰り返すような仕事は向いていないと思っていた。
そういう点で考えると、小学校の教師は一日のうちに飽きる暇もないほどいろんなことがある。
教科だってひとつではなく何種類もあるし、一ヶ月に一度くらいは何かしらの行事がある。
これだったら飽きることもないだろう。
そう考えていた。



結果的に言うと、甘かった。

やらなければならないことがたくさんあるってことは、飽きる暇がない代わりに、休む暇もない。
たらいに水をはって、そこに顔を浸け続けている。で、1分間に息継ぎを1秒だけ許されているような感覚だった。

いつも何かに追われて、気にして、悩んで。
朝早くから夜遅くまで仕事をして、土日も仕事をするか、死んだように眠る。
眠っているとき以外は、仕事のことしか考えられない。家に帰っても、四六時中何かを気にしている。
わたしは他の職業についたこともなく、バイトも数えるほどの種類しかやったことがないので、ショックを受けた。

何これ。
世の中の職業って、全部こうなの?
これまで世間も知らずにのうのうと生きてきたわたしは、打ちのめされた。
社会の厳しさと、自分の能力のなさ、「両方に」だ。


ありがたいことに、人には恵まれていると思う。
ただただ、社会の仕組みについていけない「自分」がいる。

あなたは、もう既に働いている?
自分の仕事は、生活の一部として機能している?

わたしが失敗したのは、仕事が生活の全てになってしまったという原因もひとつ、あるんじゃないかと思う。
何も考えない時間も必要で、それはわたしにとってどのくらいの割合が良いかというと、7日あれば3日は欲しい。
3連休のときは、いいバランスだと思った。
4日間仕事をして、1日は子供のいない学校でがっつり事務仕事。あとの2日間は何も考えずに休む。
これができれば最高だ。

ん?
結局2日間の休みでいいってことか。
何にせよ、5日間子供相手、1日事務、1日休みでは身体も心も持たなかったということだ。

つまり、休みの日に持ち越さない仕事であれば、2日休みでも十分ってことになる。



そんな甘い環境なんて、無いのかもしれないな……。
って、仕事のことになると、すぐ遠い目をしてしまう。

将来なりたい職業かあ。
小学校の教師ができないとして、じゃあ、一体自分には何ができるんだろうな。

「舐められないようにしないと」
これは、職場でよくアドバイスされた言葉だ。

わたしにとって、この言葉はどうもしっくりこなかった。
舐められないようにって、自分が下に見られないようにするってことであって、つまり、「人と人との関係には、上とか下とかがある」ってことを嫌でも意識させられてしまうからだ。

他人のことを、自分より上とか下って捉え方しているのは、悲しいことだと思う。
悲しいけど、悲しいことに、自分はついついやってしまいがちなことだ。

だからこそ、しっくりこないという拒否反応が出ているのかもしれない。



あなたは、「あの人は自分よりも格下だから、いいや」とか「あの人は格が上だから、とりあえずご機嫌とっておこう」とか考えたことってある?
わたしは、本当に本当に情けないけど、そういうことを考えてしまう人間だ。

苛立つのもそのひとつかもしれない。
相手が自分よりも下だと思っているのに、そんな相手に振り回されたり、心を乱されたりすると納得がいかない。
別の理由で苛立つことも、そりゃあるかもしれないけど。
人間関係を上とか下で考えているという要因も考えられる。


でも、やっぱり建前上というか、自分の善悪の基準として、上だとか下だとか、そういう関係性だけで判断して人と関わるのは悪いことだとは思っている。

一般的にも、そう思われているものだよね?
あなたも、たぶんそう思っているよね?
あまりこういうことを人と真剣に語り合ったりはしないから、他の人がどう思っているのかが分からないのだ。


と書いている途中で、また他人の目を気にして、合わせながら生きようとしているなってことに気づく。
自分としてはどうなんだろう。
他人を抜きにした、自分の考えでは?


人間関係を上とか下で見たときに、得をしたことはあるのだろうか。
人より優位にたって気持ちがいいとか、自分よりも下を見つけて安心できるとか。

じゃあ、逆に損をしたことは?
下を見ている分にはいいけど、同時に自分の上にいる人たちも見えてしまうせいで劣等感を常に感じてしまう。
これは、得を上回るくらい辛いことだと思う。

つまり、自分の経験上でも、人間関係を上とか下で捉えるのはあまり得をしないってことだ。



そうだと分かっていながらも、それを意識させる環境で仕事するのって、辛いなあ。



楽しいと思う感覚は人それぞれ違う。
人によっても違うし、1人の人間の中でも、時が経てば楽しいと思うことが変わるのかもしれない。

例えば、子供の頃に楽しかった遊びが、今となっては全然楽しくないって場合がある。
同じ人間なのに、どうして変わってしまうのか不思議だ。

あなたは、前は楽しめていたけど今はそこまで楽しくもないってこと、ある?


楽しめなくなるのは、その人の人格が変わってしまったからなんだろうか。
それとも、一緒にいる人によって、「楽しい」か「楽しくない」かが決められるんだろうか。
もしかして、その両方とも?

だとしたら、今の自分にできるのは、まず自分がいろんなことを楽しめる人になるってことだ。
短い人生だから、楽しく生きたい。



そういえば、人生って捉え方次第で、楽しくすることも生きづらくすることもできるんだ、と考えさせられた漫画があった。
「働かないふたり」という漫画だ。
あなたはこの漫画、読んだことある?

無職の兄妹の生活が描かれている漫画で、どうやら妹は極度の対人関係築くの苦手さん。それゆえ仕事もしていない。
お兄さんの方は、なんでも器用にこなしてしまうけど、何か考えがあって(引きこもりがちな妹のためを思って?)働いていない。

けど、二人の両親も含め、「働かない」ことをニュートラルに受け止めている感がある。
決して無理をしているわけではなく、「働くことがその人の人格を決める全てではないよね」という思いを持っているのかもしれない。

その証拠に、働いている人も働いていない人も、出てくるキャラクター1人1人の人格が魅力的だ。
登場人物たちは、お金がなくても、性格に難があったとしても、状況に関係なく楽しみを見出せる。
それに、毎度毎度、他人のことを思いやるって、こういうふうにするんだなって勉強になる。



もしかしたら、楽しく生きていくコツって、人の言葉を素直に受け止めて、相手を信じることなのかな。
そう思うような漫画だ。

相手の言葉を素直に受け止めることは、多少は相手に振り回されることも許容するってことだ。
わたしは相手に振り回されることが嫌いだ。
自分の都合通りに事が運ばないと、イライラしてしまう、という自己中心的なところがある。
さっきなんて、母から「早く風呂に入れ」と蹴られたくらいで苛立ってしまった。
自己中心的だし、余裕が無さすぎる。
おそらく、心のどこかで「自分は相手から振り回されるべき存在ではない」って思っているのだろう。

でも、相手に振り回されることを許容して、それを楽しめたら、もっと人生が楽しくなりそうだ。
これまでは怒っていたようなことが、楽しくなる。
そうしたら、人生の楽しみが増える。

蹴られた瞬間に、もっと楽しめるような反応ができていたら。
もしくは、無理に面白くしようとしなくても、特に苛立ちもせず、「ごめんね、早く入るね」とだけ反応していれば。
確実に人生は変わっている。


ちょっと分かってきたかもしれない。

胸に刻んでおこう。
わたしは、他人から振り回されるべき存在だ。


元旦早々から、生活リズムがおかしい。
夜なのに漫画を読む手が止まらなかった。
結局最後まで読んでしまったのは、ONEという漫画家さんの「モブサイコ100」とそのスピンオフ漫画だ。


この漫画家さんの別の作品で「ワンパンマン」という漫画があるけど、そっちの方は前から読んで知っていた。
のに、「モブサイコ100」は読まないままになっていた。

数日前、たまたま漫画を読めるアプリをダウンロードした。
そのアプリにたまたま入っていたのが「モブサイコ100」で、本来は別の漫画を読むためだったけど、チケットが余っているから読んでみるか〜くらいのノリで読み始めた。

結果、全巻を読み切るほどにハマりきってしまった。



たぶん、これから先の人生でも、ふとした瞬間に思い出して「いいな〜」と思うだろう。
そのくらい、良かった。


あなたは人生において、欠かすことのできない漫画をいくつ持ってる?
もし持っているとしたら、その理由は?

わたしの場合、そこまで深く考えたこともなかったけど、今思えば、自分の人生に欠かすことのできない漫画って、予想していたよりも多かった。
思い返しているうちに、「あ、そういえばあれも絶対に欠かせないし……」って、いろいろ思い出す。



せっかく元旦から、生活リズムを狂わせてまで読み切った「モブサイコ100」。
その作品のどんなところが良いのかを考えてみたい。

・自分の力の無力さを知りつつも、何か目標に向けて努力をしている登場人物がいる。
・人を傷つけないような笑いがある。
・どんなに悪そうな振る舞いをする人でも、完全に悪い人格っていうのはなくて、その人なりの境遇があってこの人格になっているっていう背景をちゃんと見せてくれる。
・人間関係の良さを感じさせられる。


うーん。
いや、まだまだありそうな気がするけど、今のところこんな感じ?

あ、登場人物が素直ってのも魅力的。
お???
もしかして、他の好きな作品の良いと思うところも挙げていけば、自分の良いところも見えてきたりするのかな。


また別の作品でも挙げて見ることにしようっと。