時をかける少女のように -3ページ目

時をかける少女のように

なんとなく生きることも良しとします。

とりあえず一週間続いた。
また一週間続ける。



子どもができたら、いい親(人間)でありたい、ということ前にブログで書いた。
そのために、今はまず「自分を認めて許して愛してあげられるようになる」ことを目指している。
でも、目指している、なんて悠長なことを言っていられない事態になってきた。



もしかしたら、妊娠をしているかもしれないのだ。

もし今妊娠をしているならば、わたしは最短9ヶ月で「いい人間」にならなければ、ということになる。
無理がある。


あなたは、自分の目の前に無理の壁が立ちはだかったことってある?
わたしは今まさにそれだけど、これまでの人生でも何度もこの壁は見てきた。

例えば、ボス級に強い女の子にいじめられ続けたあの日々。
勉強が出来なさすぎて、教えてくれる友達からも「お前勉強向いてねえよ!」と嘆かれたあの時。
体調を最高潮に崩して死にかけたあの頃。
事故に遭って動けなくなったあの時。
嘘をつき続けて人間関係を保つのが辛くなったあの日の夜。


わたしはこの壁を自力で乗り越えたことなんて一度もない。
必ず誰かにおしりを押して登らせてもらうか、壁を壊してもらうか、さもなくば逃げてきた。

今回のこの壁は逃げるわけにはいかない。
逃げたら、生まれてくる子どもにも悪い気がする。
わたしが子どもだったら、こんな親のもとに生まれてくるのなんて嫌だし。
あっ、考えてるうちにも、自己否定をしてしまう。
わたしの自己否定思想は油断も隙もない。


逃げることは辞めるにしても、自力で登ることも難しそうだ。
こうなると、誰かに力を借りるのが良さそうだけど、力を借りるためにはどうすればいいのだろうか。
まさか、あなたに話すみたいに、こんな感じで洗いざらい話すわけにもいかないし……。

でも、ちゃんと話さないと思ったような助力をしてもらえないかもしれない。
こう書くと他力本願みたいだけど、(それもあるけど)、やっぱり助けてもらうからにはちゃんと説明はすべきだろう。


誰に助けを求めよう。
あなたは、こんなとく、助けを求める人っている?
わたしは……。
もう少し考えてみることにしよう。

もしも今の職を失って、アルバイトの面接をしても採用されなかったら、わたしは全くお金の無い生活を過ごさなければならない。
そんな日が来たとき、わたしは耐えられるのかを考えてみた。

まず、お金がないと家賃が払えない。
これは、恥を忍んで実家に転がり込むしかないだろう。

それから、保険料などのもろもろのお金も支払いができなくなる。
これはすなわち、保険の解約手続きをして、保険のない生活を送らなければならないということだ。
健康保険に頼れないとなると、重大な病気にかからないよう、健康であることに努めなければならない。

今使っているコンタクトレンズも、高いので購入できなくなるけど、まあ、眼鏡があるので大丈夫だろう。
あとは、この眼鏡をいかに壊さないよう維持するかということを気を付けながら生活するべきだ。

それから、食費や水道費なんかも、恥を忍んで実家に頼るとしよう。
生きていくためには忍びの者になることもときには必要だ。

でも、親がいなくなってしまったらどうするべきか。
無限に忍びの者でいられるわけではない。

そのためには、自分で稼いでいく必要がある。
稼ぐ能力のない人間が、稼がないと生きていけない世界にいること自体が間違いではないか、と思うことがある。

きっと、あなたは立派に仕事をしていて、お金を稼いで生きているんだと思う。
そうでしょう?
そうじゃなければ、どうやって生きているのな教えて欲しい。


それに、ただ生きるだけではなく、人生何か楽しいことがないとやっていられない。
でも、楽しいことというのは、往々にしてお金がかかる。
今のうちから、自分が無料で楽しめるものを見つけたり、もしくが自分自身で楽しめるものを作れるようにしておく必要もありそうだ。


わたしがお金をかけずにできる楽しいことってなんだろう?
こうしてあなたに話をすることかな。
文章を書くこと。
落書きをするのも楽しい。
誰かの話を聞くことも意外と楽しかったりする。


でも、何より楽しさとか嬉しさを感じられるのって、誰かに認めてもらえたときかもしれない。
本当は自分のことを認めてあげられたら一番いいんだけど、すぐに他人と比べて自分を否定するところがあるから、なかなかそうもいかない。

自尊感情を上げるような情報はないか、調べてみることにしよう。
その前に、眠いから寝よう。


わたしにとって、双子というのは特別な存在だ。
だいたい、双子は生まれる確率が全妊娠中の1%と言われている。
それだけで特別な存在になる。

加えて、自分と同じ時期に同じお腹の中に人がいるって、絶対に切っても切れないような存在になる。
その強い繋がりにも憧れる。
だから、漫画でもアニメでも映画でも小説でも、なんでも双子が出てくるシーンでは「おっ」と思ってしまう。

片割れにコンプレックスを感じているタイプの双子。
誰も入っていけない世界観を作り出しているタイプの双子。
それから、そんなこと実世界であるわけが……とは思うけど、二人にしかお互いが見分けられないタイプの双子。
他にもいろんなタイプの双子がいる。

どんなタイプの双子も、どこか神秘的だ。
自分には理解できない壁がある。
それは、わたしが双子ではないから当たり前のことかもしれないけど。

例えば、自分がベッドでごろごろしているこの瞬間に、自分とそっくりの片割れがいるとしたら、どんな感じなんだろう。
いや、そこは別に何も気にせずごろごろし続けるか。
でも、もしピンチのときに自分の片割れがいるとしたら?
もしかしたら、その片割れが助けに来てくれるかもしれない。
それがすごくいい。
助かる。
双子って、すごく良い。

でも、それは同時に、自分の片割れがピンチに陥ったときには助けに行かないといけないってことになる。
わたしなんかが助けられるのだろうか。
そもそも、助けに行くのが面倒なときはどうすれば?
こんなとき、本当の双子ならどうするんだろう。

考えれば考えるほど、双子の関係性は複雑だ。



あなたも、自分には理解できない範疇のものに憧れることってある?

わたしは双子の他にもある。
いつも言っているように、何らかの才能を持った人とか。
そういうものに憧れがある。
なぜなら、自分にはこれといって才能が無いから。
何かのテストをやっても、大抵平均、平凡。
じゃなければ、平均の少し下とか、才能が無い方に振れ幅がいく。

もしも、自分には無いものを求めることが、人間みんなにあることだとすれば、才能がある人はどんなことを求めるんだろう。
きっとわたしには想像もつかないような才能を求めるのかもしれない。
もしかしたら、何も才能が無いこと自体がうらやましいってこともあるのかも。


いや、それは無いかも。



1月1日のブログで、わたしらしくもなく、今年の抱負なんてものを書いてみた。
自分を許して、認めて、愛せるようになれればいいなっていう抱負。
でも、本当のことを言うと、わたしは一年の目標とは抱負を考えるのが好きじゃない。
なぜかというと、それを達成できなかったときに、強い自己嫌悪に陥ってしまうからだ。
しかも、大抵の場合、達成できることがない。

今のところ、「こうしよう」と決めて続いていることって、このブログを書くことくらいだ。
しかも、日曜日から初めて、とりあえず土曜日まで続いたら良しとするなどの保険をかけながら。
そうでもしないと、わたしは流されやすい人間だから、直ぐに楽な方へと流れてしまう。
しかも、このブログはあなたが見てくれているから、少なくとも自分の力だけではなく、あなたの力があって続けられているところが大きい。

でも、こと自分事になると、これがうまくいかない。
どうしてこんなにもうまくいかないんだろう。

あなたもそう?
目標を立ててもうまくいかないなってことある?
それとも、立てた目標はしっかりと達成していってるタイプ?

今日は、わたしみたいな目標達成できないダメダメタイプでもなんとかなるんじゃないかっていう情報を見つけたので、そのことについて書いてみようと思う。



どこからこの情報を見つけたのか忘れたけど、ある海外の大学で目標を立てることについての研究が為されているらしい。
そんな研究がされてるくらいだから、やっぱりわたしみたいに困った思いをしている仲間がいるんじゃないかって期待を抱いてしまうんだけど。
まあ、それは置いておくとして。

その研究では、実は目標を明確に決めることって、あまり人にとって良い作用が無いという結果が出たらしい。
例えば、ダイエットだったら「1ヶ月で3キロ痩せる!」とか。
これってかなり数値的にはっきりしているから、実際に1ヶ月経ったとき2.9キロまで痩せることができたとしても、あーあって落ち込んでしまったり、自分を否定してしまったりする。
まさに、わたしはこれが嫌で目標を立てたくない。
結局自己否定をして嫌な気持ちになるって可能性が高いなら、そんなリスクは負いたくないっていうのは、誰しもが思うことじゃないだろうか。
これってわたしだけ?

じゃあどんなふうに目標を立てると良いかっていうと、多少振れ幅のある目標が良いんだとか。
さっきのダイエットで言うならば、「1ヶ月で2〜4キロ痩せる」とかになるのかな。
こうすると、無理のない範囲で痩せられるし、3キロに達成しなくても、まだ自分を許せそうだ。
なんなら「2ヶ月で2〜4キロ」っていう振り幅でもいいのかもしれない。

とにかく、自分を否定して自尊感情が低くなることは避けた方がいいってことだろう。



でも、逆に明確にしておかないといけないこともあるそうだ。
それが、行動について。
目標は振れ幅があった方がいいけど、行動は具体化されていた方がより取り組みやすいからかもしれない。
わたしも、1日にブログを一つ更新するっていう行動ルールを具体的にしておくことによって、それを行動に起こしやすくなっている。

もしかしたら、このブログを更新するっていう行動ルールに何かを付与することによって、さらに自分にプラスになることが起きるかもしれない。
1ブログにつき1だじゃれを書く、とか。
うん、まあ、何が人にとってプラスになるかは分からないから。
継続は力なりって言葉もあるくらいだから。


……全く説得力のないブログはこのくらいにして、朝食を作ることにしよう。
昨日書こうと思ってたことを書き始めたとき、ちょうど興味深い動画をみて、急遽書くことを変更。


なんと、「人間は不幸に向かうようにできている」らしい。
現状に問題を感じて改善していこうと思ったり、なんとかしなければって思ったりするところから、新しい発見や進化が得られる可能性があるからだとか。
確かに、常に進化発展していくためには、そういう要素も必要なのかな。
そうでもしないと、人類が停滞してしまうってことか。


で、特に不幸に向かいやすい人かどうかを調べるためのチェックリストがあったので、やってみた。
12項目に当てはまるかどうかをチェックしていって、◯(当てはまる)が多ければ多いほど、絶望的らしい。
つまり、◯が多ければ、不幸に向かいやすい人ってことだ。
特に、◯が半数以上だとえらいこっちゃってレベルで不幸に向かうという。

以下が、12項目とわたしのチェックだけど、わたしのチェックを気にせずに、あなたもよければ一緒にやってみて。



◯非現実的レベルの期待を持ってしまった。

◯根拠もないのに自分は特別な人間だと思ってしまう。

◯自分の幸せを人と比べて判断してしまう。

×自分の所有物に慣れてしまって、もっと欲しくなる。

◯悪いことが起きていない状況を良いことだと思ってしまう。(今年の良いことを思い浮かべようとして、◯◯←嫌なこと!が無かったから良かった、と思う)

◯不幸な状況に特別な意味を見出している。(今の苦しみが来世の良いことにつながる、など)

×他人が自分を幸せにしてくれると思っている。

◯幸せや挑戦よりも、失敗の恐怖を重く見ている。

◯不幸を慰め合う相手がいる。

×幸せを追い求めるのはわがままな行為だと思っている。

◯不幸の後には幸福が訪れると思っている。

×仕事で幸せになれないと思っている。



さて、あなたは◯と×の割合、どうだった?

いやいやいや……。
わたし◯多っ。
もう好き好んで不幸に向かっているでしょってレベルだ。
確かに、薄々自分で感じていた。
わたしはどこか、不幸を喜んでいるというか、不幸を食い物にしている(?)節がある。



さて、なんとなくそう思っていたことが、人類の性質という根拠をもって明確にされた。
わたしは忠実に人類の性質に従っているってことが判明したのだ。

じゃあ、幸せになるために何か努力をしなければ、と思うのが次の行動だと思うけど、それも違うらしい。

「幸せになるために努力をしていると、不幸になる」そうだ。
なぜなら、こうじゃないと幸せじゃない! と思ってしまうことで、日常に幸せを感じられなくなるから。



ってことで、努力は別の方向に使うことにして、今日は早いけど寝よう。