鳥の姿勢 | 時をかける少女のように

時をかける少女のように

なんとなく生きることも良しとします。

とりあえず一週間続いた。
また一週間続ける。



あるテレビ番組を見ていて、「おっ」と思った。
鳥が魚を捕まえて、自分の子どもにそれを食べさせている。
そこへ別の鳥が来て、魚を奪ってしまった。
魚を奪われた鳥たちは、何も言わない。
それも運命、という感じだ。

これって、動物の世界では普通のことなのだろうか。
普通だとしたら、その普通の概念ってすごいことだ。

動物は、人間と違って、命の使い方が合理的というか、賢いというか。
人間が同じように思えたら、おそらく戦争なんてこの世界にはないだろう。


人間がもし魚を取られた鳥だったら、必ず取り返すとか、文句の一つでも言うとかしていると思う。
だって、急に奪われたら腹が立つし、悲しい。
これは「自分のもの」という概念があるからじゃないか、と考える。

鳥には、たぶんだけど「自分のもの」という概念があまりないんじゃないかな。
さすがに自分の子どもを守ろうとはするけど、餌に対してはそこまで強くその概念があるように見えなかった。
少なくとも、あのテレビ番組の映像では。

わたしは鳥やその他の動物の専門家ではないので、こうだ、と断言することはできないけど、大抵の動物は「自分のもの」という概念が薄いような気がする。



あなたは、これを奪われたら困る、というものってある?
わたしは、やっぱり自分の身の回りのお金を出して買ったものや、大切なものは、奪われたら困る。
それに奪われたときには、ちゃんと返して欲しいと思う。
欲の塊だ。
わたしみたいなのばかりだったら、もう世界が破滅していてもおかしくないな、と思う。


欲がない、とまではいかないけど、もう少し「自分のもの」って意識が薄れたらいいのに。
とにかく、わたしがこれからできることはなんだろう。
できること。


食べ物に執着しないこと?
好きな食べ物を誰かに譲ることから始めてみようっと。