大手ハンバーガーチェーンが、食育に乗り出すとのニュースを読んだ。正直言って、漠然とした不安が

残る。ハンバーガーの拡販を狙っているのではないかと邪推してしまう。人の味覚に対する趣向は、子供

の頃に食べた物で決まるというのは、もはや常識である。「三つ児(子)の魂百まで(も)」という諺も

ある。食育をするのなら、ファーストフードチェーンではなく、もっとスローフードな業界にして欲しい

ものである。日本政府の教育に対する方針に、食育の概念がないのが問題なのであろう。私は食育という

のは、非常に重要な課題であると思っている。企業主導ではなく、政府主導であるべきではないかと思う

し、日々の家庭での食事が最も重要な食育の場であることは間違いない(書いている私自身、非常に耳の

痛いことばである。多分に自戒を込めたことばでもある。)。

 学生の頃見たテレビ番組に、強烈な印象を受けた覚えがある。海外の料理番組で、シェフがコメディア

ンのような人で、コックコートも着ずに軽妙なトークを織り交ぜながら、どんどん料理を作って行く番組

である。その番組で、日本料理を紹介した回があった。何を作ったのかはさっぱり覚えていないのだが、

鰹だしを使っていたのはよく覚えている。番組中、シェフが鰹だしの香りを嗅ぐシーンがあった。驚いた

ことにシェフは顔をしかめて、「うーん、魚臭いですね。」と言ったのである。私には考えられないリア

クションであった。通常私達日本人にとって、鰹だしの香りはいい香りでこそあれ、魚臭くはないと思

う。しかし、海外の人にとっては、魚臭いという「臭い」なのである。だがこのリアクションも、今にな

って考えると驚くには値しない。人は通常自分にとって経験の無いものや、経験があったとしても、慣れ

ていないものに関しては、親しみを感じないことが多いと思う。シェフも、鰹だしには慣れていなかった

のであろう。私達が鰹だしをいい香りと思うのも、それに慣れているからである。では慣れているとはど

ういうことか。日常口にしているということである。なぜ、日常口にするのか。日本の食卓において、鰹

だしは幅広く、頻繁に使われる食材だからである。ということはすなわち、子供の頃から口にすることが

多い食材であると言えると思う。私達日本人にとっては、子供の頃からなれ親しんだ味だからこそこそ、

鰹だしをおいしいと感じるのである。ある年齢以上の方であれば、鰹節を削った経験をお持ちの方も多い

と思う。日本の普通の食卓の風景ではなかったろうか。

 大手ハンバーガーチェーンの食育に、鰹だしは登場するだろうか。昆布や干椎茸はどうだろうか。従来

より日本人がより好む旨みはグルタミン酸である。それに対し、欧米ではイノシン酸を好む。はたして、

ファーストフードの旨みはどちらが多いのであろうか。ここでは深くは議論しないが、栄養面での心配は

ないのだろうか。このままで行くと、肉の旨みは感じられても、鰹だしのことを魚臭いと感じる日本人が

増えて行きそうな不安がある。