海外からの帰国後、日本に着いて一番最初に食べたい物は何であろうか。どこの国に行っていたのか、

季節はいつか、海外での滞在期間はどれ位だったか等、色々な条件によっても変わるとは思うが、有名人

の話を聞くと、以外なことに庶民的な物が食べ物を上げる人もいる。某有名な食べ物関連のジャーナリス

トは、連載している雑誌の紙面で、西荻窪にある普通の食堂のカツ丼を上げていた。あるいは、米国で活

躍したプロ野球選手は、オレンジ色の看板が目印の牛丼と言っていた。日本人の心の琴線にふれる食べ物

は、案外そういった物なのかもしれない。

 海外ではないが、学生時代に三日程絶食したことがある。消化器系をやられてしまったので、思い切っ

て絶食したのである。思った程大変ではなかったが、絶食中は食べ物のことばかり考えていた記憶があ

る。昔見たトムとジェリーという漫画の中で、食べ物に困ったトムが、歩いているジェーリのことが、フ

ライドチキンやソーセージに見えてしまうシーンが有る。あの心境がよくわかった。とくかく、始終

食べ物のことばかり考えるようになるのである。寝ていても夢の中で、スキヤキを食べている有様であ

る。そしてもうひとつ特徴的なのが、頭がものすごく冴えてくるのである。別にいままで解けなかった難

しい数式が解けるようになる訳ではないが、頭の感覚が、雲が晴れるかのように非常にスッキリしてゆく

のである。これは、一日目より二日目、二日目よりも三日目と、日を追う毎に冴えてくる。三日目など

は、ものすごく食べたいのだが、食べてしまうとこのスッキリした感じが失われると思うと、非常にもっ

たいないと思った位である。一度は絶食されることをお薦めする。よい経験になると思う。そしていよい

よ絶食を終えて何を最初に食べたか。残念ながら覚えていないのである。だが、むしょうにカツ丼が食べ

たかったことだけは、覚えている。私も日本人なのだ。

 一昨年、ある食べつけない食材にあたり、軽度の食中毒にかかり3日程入院した。ある物の話は別の機

会に譲るとして、症状が軽かったせいもあり、割と早く体調は回復し、味気のない病院食に辟易してい

た。当然、退院後の最初の食事に何を選ぶかは、非常に重要な課題となった。結局、小田急沿線の病院だ

ったので、下北沢の駅前にある傍有名鰻屋の支店で鰻を食べることに決めた。そしていよいよ退院して鰻

屋に行ってみると、なんと営業していなかったのである。途方に暮れるとは真さにこの時の状態のこと

で、次にいったい何を食べたらよいのか、見当もつかなかった。当てもなく下北沢の街をさ迷ったが、鰻

への期待があまりにも大きかった為、匹敵するものが見つからない。いたずらにうろうろするばかりで、

腹はどんどんと減っていった。あまりにも空腹になったり、疲れ果てたりすると、無意識の内にエネルギ

ー摂取が優先されるのか、最後は食べ物ならば何でもよくなってしまい、結局、カジュアルイタリアンチ

ェーン店のスパゲッティという、非常につまらない物を食べてしまった。今考えても、もったいなさに歯

噛みする思いだ。何事にもあまり大きな期待をしてはいけないという教訓なのかもしれない。