一度食べただけでは、その真のおいしさがわからないものがある。自分にとっては河豚がそうであっ

た。あの淡白な旨みがよくわからず、あまり味のしない白身だと思っていた。しかしながら、二度、三度

と食すうちに、今ではすっかりはまってしまっている。トリュフも、一度だけではわからないと聞いたこ

とがある。しかも、回数だけではなく、多量に食すことが必要であると。何年か前の秋に、毎週決まって

トリュフを食していたことがある。それまでにも、レストラン等で食べたことはあったが、なにせ高級食

材である。料理の中に少々使われているといった程度であった。これではさっぱりわからない。グルメ漫

画を読んでも、レストランのメニューを見ても、トリュフ、トリュフというように頻繁に登場する。しか

し私には、その味や香りの真髄はさっぱり解らなかった。これではいかんと思っていた矢先、とあるスー

パーマーケットで黒トリュフが売られているのを見つけた。中国産ではあるが、安かった。ゴルフボール

より一回り小さい程度で、600 ~ 800 円位であった。これなら買えると思った私は、その週から毎週一

つづつトリュフを買い続けた。一般的に中国産は香りが薄いといわれる。その香りの薄さをどう克服する

か、答えは簡単である。香りの薄さは量でカバーするのである。沢山使えば、香りも濃くなる。一度開封

すると、香りはどんどん抜けていってしまう。ケチなことを考えていても仕方ないので、私は買ってきた

トリュフを一つのプレートにすべて使ってしまおうと考えた。高級食材と言えど、600 ~ 800 円程度で

ある。一度に全部使っても、さほど痛くはない。そう決めた私は、ソースにしたり、スープに入れたりし

て、その馥郁たる香りを毎週楽しんだ。二月程も続けたであろうか。で結果、何が解ったか。何も解らな

かった気がする。確かに香りはいいのだが、驚愕するほどではない。又、食感がよくない。スライサーを

使ってうんと薄切りにしても、モソモソとした食感が残るのである。こんな物なのであろうか。これが世

界三大珍味なのであろうか。混迷は深まるばかりであった。ところがある日、その疑問を一挙に吹き飛ば

す体験をした。白トリュフである。その日私は、行きつけのイタリアンレストランに居た。今日は白トリ

ュフがあるという。黒トリュフの体験で冥界をさ迷っていた私は、それほど大きな期待をせずにオーダー

した。タヤリンが運ばれててきて、テーブルの脇で店長が無造作に白トリュフを削ってくれた。ゴルフボ

ールよりやや大きい位の白トリュフを、ずいぶんと沢山削ってくれた。トリュフを計量することもなく、

ごそっと山盛りのトリュフをタヤリンに乗せた。香りをかいで、びっくりした。というより、眩暈がして

椅子から転げ落ちるかと思った。今まで食べていた中国産の黒トリュフは別の食べ物だと思った。打ちの

めされたと言ってもいい。懸念していた食感も、ぜんぜん気にならなかった。気になるのは値段の方だ

が、7,000 円程度であったと記憶している。その時は知らなかったのだが、これは完全にバーゲンプライ

スであることを、後から嫌という程思い知らされることになる。

 その後、イタリアに行く機会があった。初冬であったのでまだ間に合うと思い、アルバまで出向いた。

ツーリストインフォメーションで、評判の良い町のオステリアを紹介してもらい、白トリュフのタヤリン

をオーダーした。やがて、運ばれてきた白トリュフを見て、又々驚いてしまった。小さいのである。親指

の先程の大きさしかない。その歳の夏は非常に暑かったので、トリュフのできが良くないことは危惧して

いた。しかしながら、それを割り引いても小さい。あっという間に、一つ削ってしまった。マダムは「一

つ削りましたけど、どうしますか。」といった表情でこちらを見つめている。この為にわざわざアルバま

で来たのである。ここで妥協する訳にはいかない。当然のごとく「もう少し削ってください。」と言っ

た。マダムは、さすがに先ほどよりは大きいが、やはり小粒なトリュフをけずり始めた。いくらなんでも

ふところ具合もあるので、適当なところで止めてもらった。計量後、何グラム削ったかを報告してくれた

が、これから食べるトリュフへの期待ですでに頭が一杯で、全然耳に入らなかった。さあ、本場アルバの

白トリュフである。勇んで口に入れ香りを確かめる、「?」である。もう一口ほうばる、「??」である。

そんなはずではと思い三口目、「???」。そうなのである。確かにあの白トリュフの魅惑的な香りはする

のだが、東京で食べた時のような、びっくりするような衝撃はなかったのである。これは、慣れの問題で

はないと思った。悲しいことに、はずれだったのである。認めたくはないのだが、わざわざアルバまで行

って、はずれたのであった。そして真の悲しみは、いつでも後からやってくるのである。会計をして、伝

票を見る。タヤリンは日本円だと 700円位であった。「おお安いではないか、さすが地元だ。」と思っ

た。がしかし、そんなに都合のいいはずはなく、伝票の下には、トリュフが別の項目として書かれてい

た。なんと、日本円で 20,000円強である。トッピングの方が高いのである。今でもこのタヤリンは、私

の食べたことのある、ワンプレートあたりの金額として、最高金額を保持している。