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元SKE という菅なな子「アイドル受験戦記」を読み終えた。
彼女、最後に志望校に合格するまでの伸びしろと晒し方がすごい。
「2014年4月、私は高校三年生へ進級した・・・・」そしてテキストボックス
「4月のセンター試験本番レベル模試」
英語・・・111点/200点
国語・・・104点/200点
数学・・・55点/200点
理科・・・16点/100点
さて、中の上の僕だが、久しぶりにさっきセンター試験を解いてみた。来年の受験のために。解いたのは、2017/1センター本試の数学ⅠA。
一人暮らしのぬるく甘い環境で、
31点/100点・・・・
これじゃいかん!!
マゾっぽく国語も英語もこれから自宅受験するが、一桁だろう・・・
お金がもったいないのも、恥をさらすのも嫌だが、駿台と河合塾の新年度第一回模試を申し込もう。
来年のセンターまで1年・・・・ない!8か月しか残ってない!!
現役高校生の時は地方の公立校で月に一度はあった定期試験をペースメーカーに勉強してた僕。当時もしニートだったらペースメーカーがなく、一切勉強はできなかったはずだ。
フリーターの今ではペースメーカーと言ったらバイトくらいしかないし、派遣の彼女のほうがずっと忙しく稼ぎもいいからデートもペースメーカーにならず彼女とは呼べないし自然消滅寸前風前の灯だし、もちろん文化祭も定期試験もないので、高校の定期試験というペースメーカーの代わりに、月1ペースの駿台と河合塾模試に向け頑張る。短期目標と達成感という快感や挫折の涙がないと、向上はない。
さらに言うと予備校に通う時間はもちろん、何しろ貯金がない。宅浪、ってやつだ。意志が弱いのに…だからこそ範囲の決まった模試・ペースメーカーと、ライバル(うんこみたいでも偏差値)が必要。
浪人生向け全国模試でも、一応範囲はあるはず。これから調べるがもし範囲がないなら、1回目受験では2・3年生範囲は捨て、4回目受験では3年生範囲を捨て、6回目受験までには高校教科書全範囲を一通りやり直し…という感じでやってきたい。
地元の近く、どっかのママさんが妊娠しながら、仕事しながら、まったくの宅浪+主婦+αでがんばったブログを発見した。そのママさんに倣ってみよう・・・しかし模試のみの、まったく宅浪なんてどこまで意志が必要だろう。
手元にいろいろ用意してしまった・・・
① プリントアウトしたセンター試験過去問5年分(9教科とかorz)
② 電卓持込み不可らしいのでそろばん
③ ダイソーなのに200円で買えなかった高級鉛筆、シャーペンなど文房具とピカピカのノートセット
④ 進研ゼミ高校講座3年生向け4月春期講習高級贈答箱セット(春期講習で1,2年をマスターとか無理すぎる指示。そもそも春でもなくサクラハサカズもう散っとる)
⑤ 河合と駿台の模試案内、TOEIC案内
⑥ スタディサプリの案内をプリントアウトしたの
https://studysapuri.jp/contents/promo/pc/top2/?vos=evpcstbprypx0900005&__r=1
⑦ まだ見ぬ話をしたこともない憧れの心の師、完全宅浪ママさんの年間模試計画
http://chierinrin51.blog.jp/archives/cat_467417.html
https://www.youtube.com/watch?v=leI9ZsvqZzQ
極めてプライベートなことだが、シェアすべき喜びなので書くべきだろう。
「『当たり前のことを当たり前にできるようにしろ」とオレは後輩に指導してきた」
むかし僕にそう繰り返したのは、当たり前のことができない、きわめて軽蔑すべき哀れな男であった。そもそも日本語になってないし、言語としておかしいし、後輩の人となりや行動様式を
具体的に
カイゼンする言葉と脳味噌を持ち合わせていない低能なので、日本語でなく変語でしか指導できない。
しかしそんなだから一切指導できない。
もちろん選手としても三流以下だ。
普通という言葉は好きではないが、
「普通にしろよ。1+1が2になるように。」なら許してやろう、と思うのに
「1+1を1+1にしろ」と言われたら呆れたり怒れたり反発もしないが、意味のないことは、寝言くらいでしか聞きたくない。
尊敬できる先輩や彼女なら好きだから、意味のないことさえ甘くうれしい言葉だが。
要件のない電話が一番うれしい。
話を戻すが、その男の人生哲学用語に次ぐ指導は、あいさつの無視だ。
「オレどうしてさっき無視したかわかるか」
マンガでも見たことのない低能なので、例えば彼が「当たり前のことが意外と一番難しかったりする」、と仮に上の先輩に言われても、日本語が理解できず頭を抱えたことだろう。
きょうの喜びは彼が死んだとか、捕まったとかではない。意識してないし、相手にもしてないので。
いい年して、今朝は初体験だった。
ゴミ集積所の前でビニールを縛り猫背になっていると、後ろから
「おはようございますw!」
田舎では黄色い帽子の小学生や、犬を散歩中の知らない16,7の女性が面と向かって笑顔で元気なあいさつをしてくれたことは近頃でも何度かあり、とてもいいものだったが、背中に向けてあいさつされたのは生まれて初めてだ。自分の顔が笑えるほど変でないことも証明された。
思えば、友人や知り合いにも後ろから挨拶されたことはないのではないか。
あいさつは「おい!」とか「よー」「おーい」とか名前やあだ名とかを呼ばれて振り返ってからだ。
記憶にない大昔、親とかは「おはようは!」「ごちそう様も言わずに彼女に会いに行くのか!」
という類のことを言ったはずだが。
アパートの住人に会うことは年に数回しかない。前の住まいでは2回面と向かったことがあるが、こちらが言葉を投げかけても、何か後ろめたいことでもしているかのように無言でうつむきつつ階段を上がっていったりした。なんなの?と思うが、もう慣れていた。
しかし今朝のような当たり前以上のあいさつを皆が投げかけ合えば、犯罪なんてなくなるな、社会の喜びも笑顔も株価も税収も上がるな、と思った。小学生が知らないおじさんに元気にあいさつしたのは、最大の防御だったんだ。
当たり前なのは返礼だと思うが、
返礼でなくただの先攻あいさつさえ当たり前というなら、
「当たり前のことを当たり前に」してくれた。
当たり前のことを、当たり前に。
あいつ以外が口にするなら別に言葉としておかしくないかな、と心から感じた。僕はなんだかんだ、彼を意識して相手にもしてるのかな、と、喜びの中に一抹の悲しさもあった。
が、僕が顔を向けておどおど返礼した後、颯爽と出かけて行ったひとは、かなりきれいだった。生まれて初めての彼女になってくれれば、と妄想しつつ心でお願いした。
何かと思えばただの挨拶が、こんな長文の「シェアすべき喜び」か。
挨拶なんてなんでもないことで、タダなのに。
いや、タダじゃない。タダとは経済用語で、儲けも損もないことをいうが、先にあいさつをしたほう、また返礼をしたほうが笑顔になれて、儲かる。
ただ当たり前のことだけで新しい朝が来て、今日という一日が笑顔でいられる。







