Absolute Gem -22ページ目

戦争をビジネスに置き換える

引き続き、クラウゼヴィッツの戦争論より。

戦争は人類交通上の一行為である。と。
戦争とは術の領域にも学の領域にも属さず、
(確かに元来戦争術、戦争学という言葉は聞かない)
むしろ社会生活の領域に属すものであるといいたい。
戦争とは大きな利害の葛藤であって、
比較的近い技術を尋ねるなら、貿易だろう。
(おそらく今日のビジネスと置き換えられる)
貿易もまた人類の利害の葛藤であり活動であるからである。

戦争における過去に残した諸手段は、ビジネスに十分活きると定義できる。

ロンドンのイルミネーション

クーディユ、そして沈着-london

クーディユ、そして沈着-london

クーディユ、そして沈着-london

クーディユ、そして沈着-london

鬱の克服はコツしだい

ロンドンに来て、ようやく鬱というものが分かってきたような気がする。
なんせこういう憂鬱にロンドンの天候は味方する。

月曜日の朝、7時半でも未だ暗いロンドン。
今日は特に何もないはずなのに気分は重く、出かけたくない衝動に駆られる。
将来の不安なのか、なんなのか理由も分からずなぜかさみしい。

小学校のころから時折こういう気分におちいり、時折休んでいた自分。
もしかしたら、鬱というのはこういう状態のことを言うのではないか、
と今更ながら気づく。

社会人になってからはそれでも出かけなければならず、

もしこの時自分を元気付ける音楽がなかったら、
自分を彩って出かける楽しみを見つけていなかったら、
そしていつも優しくしてくれる友人を思い浮かべられなかったら、
自分を客観的に見ることができなかったら、
きっと相当ハードルの高いものになっていたのではないか、そう思う。

今日も気合と技で体を励ます。
鬱の克服はコツしだい、そんな気がする。

愛すべきクラスメイトたち

classmate

極めて偶然の支配する世界

「戦争とは、極めて偶然の支配する世界である。」

とクラウゼヴィッツは説く。

戦争と今日のビジネスはおよそ紐付いていくことを考えると、

もしかしたら、今まで自分が見てきた会社の経営とは、
自分の考えていたもっと違うところに重要なポイントがあるのではないか?

と今までを思い返しながら考えてしまう。

「戦争当事者が、たじろぐことなくその世界で不断の闘争を続けてゆくためには、
二つの性質が是非とも必要になってくる。

一つはいかなる暗闇の中でも常に内的な光を投げかけ、
もって真相のいずれにあるかを発き出す「理性」、
二つは、この微弱な内的光に頼ってあえて行動を起こそうとする「勇気」である。
いわば決断心である。」

そして、

「勇気には二種類ある。
一つは個人の危険に対する勇気であり、他の一つは責任に対する勇気である。
責任とは外在的圧力の裁決を前にして問われることもあり、
内面的圧力・良心を前にして問われることもある。」

とクラウゼヴィッツは説く。