アクセサリーショップ Freaks Market オーナーのBlog

アクセサリーショップ Freaks Market オーナーのBlog

ガボラトリー/ガボール スタンリーゲス クロムハーツ ヴァンアンバーグレザーズ ロンワンズ/レナード カムホート コーツアンドハケット ロイヤルオーダー トラヴィスワーカー等のアクセサリー&レザーアイテムを扱うFreaks Marketオーナーのブログです。

7月9日、一夜限りの熱狂としてYouTubeで突如公開になったBLANKEY JET CITYのラストダンスの映像。

はい、もちろん僕も全ての映像、ガン見しました。

 

BLANKEY JET CITYとは、浅井健一、照井利幸、中村達也という3人の奇跡的なトライアングルにある、荒々しい不良性と繊細な美意識を併せ持つ3ピースロックバンド。

 当時から「存在自体が奇跡」と評されるほどに、この超個性的な3人による圧倒的なパフォーマンスとその世界観は、音楽を愛する人々の心を強く揺さぶり、2000 年の解散後もいまだに音楽シーンに絶大な影響力を誇り、全世代から激しくリスペクトされ続けている伝説的バンドです。

 

当店の取り扱いブランド、GABORARORYもこのバンドから知ったと言う方が多いのではないでしょうか?

僕もその一人です😆

1990年、空前のシルバーアクセサリーブームは、バンドブームから発信されたと言っても過言では無いと思います。

 

清春氏のクロムハーツ、HAKUEI氏のクロムハーツ。

その中で、漢臭くガボラトリーを着けていたのが、このブランキーのメンバーでした。

 

本当に憧れましたよ。

当時、TOPブランドの中ではガボラトリーは品数も極端に少なく金額も高価でしたから…。

 

そこで、当時メンバーが着けていたアイテムを僕が把握しているだけご紹介したいと思います。

 

では、行ってみましょう⤴️

 

 

Dr.中村達也

個人的な話ですが、少しだけドラムを叩く私ですが、かなりリスペクトしています🤣

彼の様な歌うドラムを叩ける人は他に居ないと思いますし、唯一無二の存在と思います。

地元の公演は、ほぼ毎回観に行かせてもらっていますし、よかったらお近くでライブがあったら足を運んで欲しいです。

 

さて、彼が着けていたガボールで一番有名なのは、こちらでしょう。

ガボラトリー スカル オン クロス オーバル ペンダント

 

他にも4ハートクラウンキーパー 4パンサー 10スカルズ ブレイドレザーウォレットチェーン スカルドロップを所有されていましたね😆

このウォレットチェーンにラージバイカーウォレットのGクラウンブラックスティングレイインレイを合わせていた記憶があります。

 

 

B.照井利幸

彼の魅力は、後期のブランキーではよく聞けますが、ルートでの8ビートの刻みに尽きると思います。

しかも照井さんは、ブランキーでは良く一つの弦でそれを弾きます。

実際、弦移動した方が楽なんですけど、わざわざ高い位置や低い位置に移動して弾いてます。

やはり弦が変わると音のバランスなどの問題があるので大きくなったり小さくなったりするのですが、一つの弦でそれを弾く事で安定感のある音が刻める。

自由人の達也さん歌うドラムとの相性的なことを考えての演奏でしょう。

でも浅井さんが一番下の音を正確に守ることで達也さんのドラムが輝き、ブランキーのリズムになるのでしょう。

 

そんな照井さんの着けていたガボールで一番有名なのは、こちらでしょう。

シングルスカルウィズスカル&スモールオーバルリンクスネックレス/Cリング

他にもドロップの付いたウォレットチェーンなども所有していましたね。

 

Vo.浅井健一(ベンジー)

もう説明は要らないベンジー。

ベンジーの音楽は唯一無二で、ベンジー以外にベンジーの歌の表現はできないと思います。

彼の着けているがボールで一番有名なのはこれでしょう。

ラージスカルw/H.W.O&アンカーリンクスw/ライオンヘッドキーチェーン

こちらのアイテムには逸話もございます。

それを書くとまた長くなるので、詳しくはちび店長のブログをご覧ください。

ベンジーは、このハンガーにラージバイカーウォレットのクロスブルーフロッグインレイを合わせていた記憶があります。

 

そして、最後はこれ✨

ラージスカルリングw/ジョーG&クラウンスタンプ

 

ガボールの顔とも言えるマストアイテム‼️

ガボール好き&ブランキー好きは絶対に外してはいけないアイテム。

演奏中は邪魔になるのでつけていることは無かったですが、かなりお気に入りのアイテムだったそうです。

 

 

今後も何かとアクションがありそうなBLANKEY JET CITY。

個人的には、再結成は無いと思ってはいます😞

でも、もし…。

もし、再結成がある日には、当時のようにGABORATORYを着けて再度3人で踊って欲しいです。

もし、無くしてましたら当店にご連絡ください‼️

どうにかして用意しますwwwwwww🤣

 

 

彫金師デザイナー レナード・ハーバート・カムホート

レナードカムホート

レナードは、クロムハーツ立ち上げ当初の初期メンバーで彫金とデザイナー を担当。

更に自分の世界観を実現するために94年にクロムハーツを脱退。

 

約2年間の沈黙後、96年にデヴォン・ウィラー氏をパートナーとして迎えて共にロンワンズの前身になるレナードカムホートを設立。

 

当時の他ブランドはのモチーフで多く見られたものとは一線を越え、オリジナリティに溢れた自然界をモチーフにした作品作りのレナードの特異な才能に加え一切の妥協を許さないハイクオリティでシルバー界の頂点へと…、まさに天才でした。

 

レナートカムホート

 

 

そして、2024年。

彼の残した最後のデザインが満を期して登場します…。

 

その名は…

CHROME BELL (クロムベル)

 

何も言うことはありません…。

皆様で感じ取ってください、偉大な彫金師の最後の仕事。

 

 

 

本日から受注を開始します。

また、ロンワンズは7月10日付けで値上げのアナウンスがあっておりますので7月10日より138,600円になりますので今がチャンスです🌟

 

偉大な彫金師は、まだ死んで無かったのですね。。。

 

 

 

Freaks Market(フリークスマーケット)
〒860-0803熊本県熊本市中央区新市街13-3 阿部ビルⅡ101
TEL/FAX:096-356-3799
http://www.freaksmarket.com/

 

もう、かなりの期間でクロムハーツの製品が品薄になっています。

正規販売店でも、ひどい店ではアイウェアと衣類の数点だけという状況も見受けられました。

もちろん当店のような並行輸入店では、かなり入手が難しい状況です。

 

では、なぜこんなにも品薄になったのでしょうか?

それには二つの理由があります。

 

ひとつめは、全世界で猛威をふるったコロナのせい。

コロナが猛威をふるった年、クロムハーツでは感染などを理由に職人を大幅解雇しています。

そのために作成のスパンが遅くなってしまったのです。

 

ふたつめの理由が、一部の東アジア圏内でのシルバーアクセサリーの大ブーム。

今は少し落ち着いてきましたが、かなり凄かったみたいで富裕層の方々の大量な買いしめがありましたね。

 

このような理由で需要と共有のバランスが崩れています。

 

時間が経てば、この問題も解決すると思いますが、いまだに解決はされずに品薄状態が続いていますね。

 

 

とゆーか。

 

なんで日本はもう一回、シルバーアクセサリーブーム到来しないの?

ずっと待っているのに🥺

 

2023年は、僕として悲しすぎる年でした。

 

年明け早々の1月にYMOの高橋幸宏氏が亡くなり、3月に同じくYMOの坂本龍一氏が亡くなりました。

 

YMOは1970年後半から1980年前半にシンセサイザーとコンピューターを駆使した音楽で一世を風靡したスーパーグループです。

 

ラジオを流すとYMO。

テレビを付けるとYMO。

街を歩くとYMO。

 

そんな時代があって、当時は音楽に興味がない子供でも自然に耳に入ってくる音楽がYMOの楽曲でした。

僕もそれに影響された少年のひとり。

 

自分の音楽の原点はYMOのコンピューターミュージックだと思っています。

そのYMOの高橋幸宏氏と坂本龍一氏が亡くなった事は、あまりにも衝撃的でした…。

 

同期で(コンピューターに合わせて)叩くのも考案されたのはこの方で、あのタイトでジャストなドラミングは、ドラムを齧っている僕の理想でした。

 

そして坂本龍一氏、教授…。

彼の楽曲は、どれも素晴らしく個人的にはテクノポップの神と思ってます。

テクノは、自分の音楽の原点でありこの人達が教えてくれたと思っています・・・。

 

 

そして10月。

もう、信じれませんでした。

 

BUCKーTICKのVo.櫻井敦司氏の急死。

いまだに実感が湧きません…。

 

 

 

音楽に目覚めたのがYMOならば、バンドに目覚めたのがBUCKーTICKで。

BUCKーTICKは、僕の青春時代ずっと流れていた曲でした。

 

死んだ親友と一番たくさん聴いたのもBUCKーTICK。

童貞捨てるときに流れていたものBUCKーTICK。

バンド始めようぜってなったきっかけもBUCKーTICK。

みんなとバカやっていた時には、全部BUCKーTICKが側にありました。

 

少し死について冷めている僕でも、悲報を聞いた後にBUCKーTICKの曲を聴いたら涙が止まらなくなり声を上げていました。

 

 

でも、凄いですねBUCKーTICK。

続けるんだってさ。

フロントマンが亡くなっても続けるんだってさ。

最後の一人になるまで続けるってさ。

 

凄いね、BUCKーTICK。

ファンでいてよかった。

じゃあ、仕方ないから自分の最後までファン続けるよって言いたくなりますよね。

まさか、BUCKーTICKで漢を教えてもらう日が来るとは思ってなかったかなぁ。

35周年の節目にライヴ見れて幸せでした。

 

 

最後に11月にthe birthdayのチバユウスケ氏の死。

僕の中では、ミッシェルガンエレガントのチバユウスケ氏。

 

the birthdayの楽曲は、僕には少し大人っぽくって、やんちゃなミッシェルガンエレガントが大好きでしたね。

まさにロックンロールなお人でしたね。

缶ビールと咥えタバコでギターかき鳴らして、どれだけ様になるんだって話。

ミッシェルガンエレガントの伝説の夜は、もうテレビ前で震えていたのを今でも覚えています。

 

 

 

なんで、こんなに一気に亡くならないといけないのですかね。

ロックの神様は死んだのか?

 

それとも元々、そんなのいないのか?

 

 

全くシルバーには関係ない話でしたけど、こんなアーティストが居たんだよって覚えていて欲しいな。

 

ぶっちゃけこの話を書かなきゃと思うとブログを更新したくなくて避けていました…。

でも、今日書きたいと思います。

 

2023年3月18日、巨匠スタンリーゲスがこの世を去りました。

75歳でした。

 

。。。。。。。。、

 

正直、この話には触れたくなかった。

認めたくなかった。。

信じたくなかった。。。。

 

 

でも

彼の一周忌を前に話そうと思います。

 

フリークスマーケットのオーナーは、アクセサリーが大好きな、ただのしがないサラリーマンでした。

でも、幸運だったんでしょう。

周りに回って何故か「スタンリーゲスを販売していい」という夢のような話が舞い込んできたのです。

 

シルバーアクセサリー業界のことを何も知らないくせに、その信じられない出来事に舞い上がったサラリーマンは、ただがむしゃらにアクセ屋を始めました。

 

もちろん、シルバーアクセサリー業界の常識や力関係、そんなのをお構いなく…。

 

もちろん、ただのしがないサラリーマンは、多くの常識という困難に立ち向かう事になりましたw

まぁ、当たり前ですよね😅

 

でも、元サラリーマンは自分の思うアクセ屋になりたく様々な無礼や思う事に進んで行きましたそうです…。

 

 

それもこれも、何故できたかと言うと

 

スタンリーゲスが居たからです。

 

 

 

スタンリーが居なかったらど田舎のアクセ屋は生まれる事は絶対になかったでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな事を書くのは、ダメな事だと自分でも分かってます。

実はスタンリーは、活動晩年時には様々な理由で活動が困難になっていました。

 

それは、力があれば助けれたのですが、僕の非力な力では助けられなかった。。。。

もっとフリークスマーケットを大きくしていればよかった。。。

 

 

でも、もうスタンリーは居ないんです。

 

 

悔やみしかありません。

 

他に何があると言うのですか?

 

 

 

 

 

 

 

しかし、彼の意思や伝説は僕が伝えていくことはできるかもしれません。

 

彼が居たことで今のシルバーアクセサリーの文化があるのは、間違いないことです。

そして、片田舎のアクセ屋が誕生したのも彼がきっかけだった事をほんの少し覚えていて欲しいです。

 

 

スタンリー、大好きだよ。

ありがとうね。