おやぢと風鈴の猫日記

おやぢと風鈴の猫日記

我が家の愛猫(風♂と鈴♀)との日々を綴ります。
そしてたまにはモータースポーツについても語ります!
第2章スタートです!(^_-)-☆

心機一転!!

日々努力!精進あるのみ!!

頑張って行きまっせ( `ー´)ノ


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すごく久しぶりのアメブロ更新

 

そんな中で今日は記録更新した!

何がと言えば、昨年秋に、

「俺の人生は傷だらけだな~」なんて思い、

心の傷は数えられないので、物理的な傷を数えてみた(^^;)

 

・左手の横3針×2=6針
・左足の太ももの裏3針
・左足の薬指の裏3針
・右のこめかみ2針
・盲腸の傷3針
・左膝2針
・そして極めつけは腹部28針
縫っただけでも記憶の限りで47針縫われてる(^^;)

 

そして縫わずに自力でガムテで治したのがw
左の人差し指3針相当
左の親指が6針相当
この二つは治り掛けの時に医者に行き呆れられた。

 

骨折は肩甲骨1回、あばらのヒビ2回
左手首、右手首の靭帯損傷
左肘の靭帯損傷
左膝の半月板損傷

今現在は頸椎ヘルニアからの骨化現象で左半身の痺れが取れず、治すのは手術しかないと言われて3年、意地で痛みと闘っている。その他に、とある時期に病んだ結果は心肺停止2回
タイミングが悪ければ今が無いのだろうなぁ。
なんだってこんなにアチコチ怪我してるんだろうね。

自分の体にある傷の縫われた針数を数えた。

 

頸椎の手術をする時が来れば又増えるんだろうな~・・・

 

なんて思ってた矢先の今日、

右胸に結構前から出来てた腫物が大きくなってきたので、

地元の外科に行ってみた。

 

まぁ悪性でもないので切除しましょう!ってことで軽く手術。

なんか何回か炎症を起こしていたらしく、

その部分が上手く切除出来ないね~って言葉を聞きながら、

局部麻酔で切開して切除。

 

まっ2,3針かな?と思って先生に何針縫いました?って聞いたら

なんと5針の大きさになったとの事。

 

48針+5針=53針で記録更新(^_-)-☆

 

抗生物質で化膿を抑えてるんだけど、

痛みはまぁそれなりに麻酔切れた時点から断続的に(*_*;

 

ギリギリで歳の数には追い付いてないが、

もうそろそろ切った張ったは卒業したいなぁ~!

 

あっ!そして激動な人生の方は、

昨年11月からお世話になった会社を今月で退社。

 

新しいことは決まっているけど、

まぁ大博打になるか?w確実になるか?w

 

新しいことに挑む気持ちだけは無くしたくないし、

製品を作る人間の創造力と技術力を信じて勝負に出ます。

 

相変わらずで落ち着きのないおやぢですが、

まぁこれも自分の人生!悔いのないように生きていきまっせ~~!!


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アチコチで追悼のイベントが行われているので、

人混みを避けて山へ向かうw

 

何十年ぶりの加護坊山へドライブ!!

 

天気は晴天だったけどかなり冷たい風でした。

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3月11日

1年365日の中のただの1日。

 

7年

この先何年生きるかわからないけどただの7年。

 

復興だの、絆だの、言葉にしていう事でもなく、

ただ、ただ自分の心の中で手を合わせ続けていくだけの事。

 

あいつが吸ってた煙草はパッケージも変わり、

時の経過だけは気づかされた。

 

時代は煙草吸いには生きにくい時代になってきたよ。

コーヒーと煙草。

 

そして俺の耳には毎朝の「牛乳入れる~?」な声が残っているよ。

ジタバタと見苦しくだけど俺はまだ生きている。ありがとうな!!

 

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アメブロサボってるうちに年明けし、

もう既に二月もあと少しだな(^^;)

 

今更ながらな謹賀新年ww

 

新しい職場への通勤は雪だと少々しんどいのだけど、

かなり体のリズムも出来てきて良い感じになっている!

 

小さな枠組みの中で、決まった利益を順番で待つ仕事。

それはそれで安定しているので否定はする気は無いのだけどね。

 

おやぢも年齢的にかなりの初老から老人になる中で、

同じ働くなら可能性にかけ、大きな土俵で戦いたいと思う。

 

上手くいくのか?いかないのか?

そこはこれからの頑張りが大きいと思うが、

顧客の分母が大きな世界だけに、競合も沢山ある業界。

 

そして今の会社はまだまだ組織としては小さな組織だけど、

向かう方向をしっかりと見据えて大きく進化していかなきゃね。

 

そんな訳でおやぢは風邪で苦しんではいたけど、

元気に過ごしています!

 

風鈴も来月には11歳。

 

遅ればせながら本年も宜しくお願いします!


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深夜に突然蘇ることがある。

悲しさと、悔しさに、苛まれる夜がある。

 

ここまで生きてきて、沢山の方々に助けられ

こんな半端な自分が生きている。

 

ずっと避けていた生まれた街。

そこには間違いなく、生き生きと夢を見た自分がいた。

そして、それ以上にこの街で生きたくない想いがある。

 

今からもう12年。

自分の全てを注ぎ情熱のままに生きていた。

しかし自分の力不足のために、この地を離れざる得なくなった。

この街で生きていくことも選択肢にはあった。

 

しかし、自分の気持ちをリセットするためには離れなきゃと思った。

そして飛び出した。

 

このブログの書き始めの2005年。

当時お付き合いしていた彼女。

苦労ばかり掛けた中で、遠距離恋愛になることを納得し、

彼女は彼女の全てで俺を支えて立ち上がる力をくれた。

 

なんとか彼女を幸せにしたい!

そんな想いは、俺にとってはとても大きな力をくれた。

 

その後、2年の遠距離の時間の中で、いつも彼女がかけてくれた言葉。

「大丈夫だよ!私が好きになった貴方は必ずまた立ち上がれる!」

 

そんな彼女に励まされ、苦しい中で、他の方々にも迷惑をかけながらも

それまでのアウトサイダーな生き方から組織の中で生きることに努力した。

 

2年経った日に些細な言い争いから、

お互いがプラスになるために別れることを二人で選んだ。

 

その後も3か月に1度くらいのペースで、

良き友人、そして俺にとって最高の恩人として、

電話で話し、近況報告を話し合っていた。

 

結婚しないのか? そんな俺の問いに返ってくる答えは、

もういいかなぁ~、3匹の猫がいることが幸せだよ。

 

そんな会話を繰り返していた。

 

そして2011.3.11未曽有の大震災がこの地を襲う。

その日、その前年から仙台へ転勤で戻っていた俺は、

本当は仕事でこの地へ来ているはずだった。

 

なんの偶然か、午前の会議が長引いた事で、

午後になりその日の予定を変え、仙台にて震災を迎えた。

 

彼女の職場、実家の位置関係から、

彼女は無事でいると思うことに全く疑いはなかった。

 

そんな中で音信不通なこの地の友人たちと連絡が取れ、

彼女が旅立ったのを聞いたのは2011年3月16日のことだった。

 

全ては結果論でしかないけど、

あの日予定通りにこの地へ来ていれば助ける事が出来たんじゃないか?

そんな想いがずっとずっと頭の中から離れずに心が壊れた。

 

その後、何度かの恋愛をしたが、自分の中でなにか壊れていることを感じながらの日々。

 

そして今年、この地へどうしても帰らざる得ない理由のために戻った。

 

彼女が旅立った、その昔一緒に暮らした家は今は取り壊されている。

でも通るたびに、心で冥福を祈るだけの自分が嫌になる。

 

そして今年のこと、

恋愛なんかでは無いけど、とある女性と話すことが日常になった時期がある。

 

その彼女は素晴らしくエネルギーを持ち、

バイタリティに溢れて仕事も頑張っている女性。

 

直接会ったことはないが、何度もメールでやりとりをしていた。

 

3年位前に何かの病になったことは知っていた。

そんな中でも彼女は必ず復活を信じて、決して弱音を吐かずに頑張っていた。

 

その彼女が初めて弱音を吐いたとき、

彼女の余命が今年いっぱいと言われていることを知った。

 

生きることを諦めてほしくなく、

身勝手ながらも、初めて頑張れ!生きてほしい!!

そんなメールを彼女へ送った。

 

そこから電話で話すことになり、

何故か毎夜毎夜、明け方まで彼女の話を聞くようになった。

 

やつれていく彼女がくれる電話

俺は何もする事が出来ずにただ、ただ聞く事をしていた。

 

そんな彼女から連絡が途絶えた時に、

俺ができる事は何もなく、病気退散、無病息災を日々祈り、

時間を見ては参拝へ行くことをしている。

 

今週、深夜に突然の彼女からの電話。

寝ぼけながらも彼女の声を聞けた瞬間に涙が溢れた。

 

彼女は苦しい治療の中で闘っていた。

 

そして俺はと言えば、彼女が必ず復活することを

今この瞬間も疑うこともなく信じて祈り、願っている。

 

次はいつ声が聞けるのかはわからない。

 

好き、嫌い、恋愛、そんなのじゃないけど、また別な愛情で彼女が大切だから。

 

そして自分が大切に想う人が旅立つことが無いように。

運命は過酷な道を彼女に試練として与えている。

 

心の底か代われるれるなら、代わってあげたい

今日が、明日へ、明日が明後日へ、

彼女の命が少しでも長くなることを祈る。

 

もう大切だと思う人を先に見送ることは嫌だから。

 

何度でも、何度でも、彼女の復活を祈っていく。

 

頑張れ!!負けるな!!

そんな彼女との約束は、電話を切るときは必ず言う魔法の言葉。

またね!せーので、エイエイオー!!

 

深夜に眠れない日、こんな想いに夜が更けていく・・・

 

https://www.youtube.com/watch?v=rgHT9kc_uO0


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いよいよ12月になりましたね。

 

おやぢはといえば、

今年の4月から世話になった友人の会社を11月25日にて会社を退職しました。

 

どうしてもアレコレ片付けたり、整理したりで、

戻らねば無くなった実家の為の引っ越し。

 

その際に声をかけてくれ、

居場所を作ってくれた友人の会社。

 

おやぢ自身の考える仕事。

友人が考える仕事。

組織として会社を構築していくのか?否か?

 

そんな中で相違があるままに進むことは良くないと感じて悩んでいた。

 

そんな悩みを感じ取った、友人も悩んだようで、

お互いに腹を割って話をした上で退職を決意した。

 

友は最高の友で居てほしいし、

お互いに五分で、いつもガチで勝負したいしね。

 

7か月という短い時間だったが、本当に世話になったと思う。

声をかけてくれた友人には感謝の言葉いくら並べても並べきれない。

本当にありがとうございましたm(_ _ )m

 

この決断が10月のほぼ末の話。

 

おやぢの中でもう一度勝負したいと思っていたことに

挑戦する権利が出来るのは来年の4月。

 

そんな中で挑戦の準備のためには良い会社はすぐに内定。

 

ここから悩んだのは、今年の夏ごろから興味を持った会社があった。

製品への想い、社長の考え方。

職替えの話の前に、その会社の社長と話す機会があり

想いを感じた中で、その業界のこれからの大変さ、そして市場の大きさに

面白そうだな~、なんて考えていた。

 

そんな中で、内定が決まっている話、現在の状況、

全てを話したうえで、おやぢはその会社で居場所があるかを相談した。

 

結果としては一緒にという社長、以下、各部長さん、相談役さんからの快諾。

条件としては少々厳しいのが正直な話だったが、

これからの組織づくり、販売網の整備、仕事としてこの会社を選ぶことにした!

 

11月25日退職、、

11月28日新会社へ出社!

 

慌ただしくはあったが、新しい会社へ通うようになり初の週末を迎えた。

 

新しい業界はたくさんの勉強が必要な業界だけど、

何を売るのも商いは、商い!

 

海賊旗は自分の心の中に掲げて進むことにした。

 

さぁ師走、何が起こるかは行かねばわからん、

新しい年へ向けて、新しい仕事を頑張ろうと思う。

 

しかし相変わらずでいつも新人だなぁ~(苦笑)

 

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