ライナー・ホーネックさんと紀尾井ホール室内管弦楽団の最高のベートーベンを聴いて、大いに盛り上がった午後でしたが、この日は夜にお楽しみがもう一つありました。パーヴォ・ヤルヴィさんとN響のブルックナー7番!シュテファン・ドールさんのホルンも楽しみです!

 

 

NHK交響楽団第1935回定期演奏会Apro.

(NHKホール)

 

指揮:パーヴォ・ヤルヴィ

ホルン:シュテファン・ドール

 

アブラハムセン/ホルン協奏曲(2019)(日本初演)

ブルックナー/交響曲第7番ホ長調

 

 

 

前半はアブラハムセンのホルン協奏曲。ハンス・アブラハムセン(1952-)はデンマーク生まれの作曲家。ホルン奏者としての訓練を積んだ後、作曲の道へ進み、いま世界中で最も新作が待ち望まれている作曲家の一人だそうです。

 

このホルン協奏曲は今年1月にシュテファン・ドール独奏、パーヴォ・ヤルヴィ/ベルリン・フィルで世界初演がなされたばかりです。その2人のコンビが、今度はN響と日本初演を行います。

 

 

第1楽章。冒頭の響きはラヴェル/ダフニスとクロエか、はたまたドビュッシー/海か、という神秘的な雰囲気。そこにホルンが弱音で絡んでいきます。聴き進めると、ストラヴィンスキーのペトルーシュカや春の祭典、ショスタコーヴィチ/交響曲第4番第1楽章に出てくる旋律や音型がはっきりくっきり聴こえてきたのがとても印象的。

 

第2楽章はどこからどこまでだったのか、よく分りませんでしたが(笑)、第3楽章はポポポポポ~♪とリズミカルな音を奏でるホルンとオケの刻みが面白い!波動や切迫感を感じますが、同じくリズム主体の音楽である、この日の午後に聴いたベートーベン7番にシンクロします。そしてワーグナー/ワルキューレの第2幕、逃げるジークムントとジークリンデを追うフンディング一派の角笛の音のようにも感じました。

 

 

いや~、とても面白い曲!全曲を聴いた上での私の印象は、第1楽章は現代の楽器となって丸くなったホルンがオーケストラの一員として参加していますが、ストラヴィンスキーなど近現代の名曲を奏でる他の楽器のリズミカルな音型がきっかけとなって昔のDNAが覚醒し、第3楽章はホルンの原点である狩りの角笛に回帰した。そんなホルンの先祖返りの物語の音楽ではないか?と思いました。

 

 

 

(参考)パウル・クレー/ホルンの出番(1939年)

※オットー・ネーベル展で購入した図録より

 

ホルンが先祖返りしたようなアブラハムセン/ホルン協奏曲を聴いて、私は2017年のオットー・ネーベル展(ザ・ミュージアム)に展示されていた、このパウル・クレーの作品を思い浮かべました。

 

解説には、「クレーの絵では、ホルンが本来鳴るところ、つまり森が舞台となっている。森の迷路からホルンのような形が姿を現し、ファーンという響きの広がりが視覚化されている。」とありました。クレーの抽象的な絵と、高度なリズム計算によって作曲されたという第3楽章のホルンが重なります。

 

 

弱音のホルンを見事に操ったシュテファン・ドールさんとN響の演奏が終わると、客席から作曲家のアブラハムセンさんが登場!大きな拍手で応える観客。こういうのはいつ見ても心が熱くなるシーンでいいですね。

 

 

 

後半はブルックナー/交響曲第7番。第1楽章。冒頭のチェロの主題は非常にゆっくり!これは2007年の上岡敏之さんとヴッパタール交響楽団の来日公演、歴史的に遅かった7番の再来か?もしかして7番なのに90分コース?と思わず身構えました(笑)。

 

オケはパーヴォさん指揮の繊細なニュアンスをよく伝えます。この辺りは1999年のスタニスラフ・スクロヴァチェフスキさんが初めてN響でブルックナーを振って、その繊細な表現にみなが驚いた7番を思わせて、とてもいい雰囲気。冒頭のゆっくりさには驚かされましたが、だんだんテンポが上がっていって、第2主題では概ね普通のテンポに。

 

しかし、途中でチェロが深い響きを奏でる場面では再びゆったりに。曲想に合わせてテンポを自由自在に操るブルックナーです。ラス前の瞑想的な第1主題が回帰する場面もたっぷり!ラストもアッチェレランドを抑え目にして、スケールの大きなブルックナー!この時点では、スケールの大きさで聴かせた、昨年6月の3番の方向性の演奏なのかな?と思いました。

 

 

第2楽章。冒頭の主題はN響の深い響きの弦楽が素晴らしい!主題の後、たっぷりヴァイオリンで奏でられる高音の繊細な場面が美しい!第2主題はアルプスの素朴で可愛らしい女性を思わせる清々しさ。中間部のブルックナーの対位法に痺れる場面は、たっぷり来るかな?と思っていたら、意外にも速めの進行で意表を突かれました。

 

そして最大の聴きどころの3回目の第1主題。大きなうねりを作って盛り上がりますが、頂点は大作曲家の魂の飛翔、というよりは、まるでフィンランドの木の雰囲気に満ちた、素朴なルーテル派の教会で合唱を聴くような清らかさ、そして美しさ!

 

その後の深々としたワーグナーテューバが感動的!ここは前半の先祖返りしたホルン(狩りの角笛、動物の殺生の場面で使われる楽器)と、ホルン奏者が演奏するワーグナーテューバ(死者を葬送するコラールを演奏)の対比、この日の前半後半のプログラミングの妙を大いに感じた瞬間でした。

 

 

リズミカルで歯切れの良い第3楽章に続いて第4楽章。途中までは第3楽章に引き続き、どちらかと言うとキレの味の良いスタイリッシュなブルックナー、という印象を持ちましたが、後半に第1主題が短調で厳しく出てくる場面で、パーヴォさん、N響の金管群をこれでもか!と強烈なフォルテで吹かせていたのがとても印象的。ここの場面&表現を聴いて、

 

これは自分の中でのニヒリズムや虚無感との闘いの音楽なのでは?

 

そしてその闘いに勝った主人公が、フィナーレでアルプスの雄大な風景を見て、生の喜びを感じ、大いなる感動に包まれる、そんな物語なのではないか?

 

私が感じた、この日のパーヴォさんの表現の一番のポイントは、ここでした。この第4楽章の乾坤一擲のように演奏された強烈な金管。それがきっかけとなり、(詳しく書くのは控えますが)第1楽章から第4楽章までのストーリーが、まるでジョヴァンニ・セガンティーニのアルプスの絵画を思わせるようなストーリーがあざやかに浮かび上がった、非常に印象的な7番でした!

 

 

 

いや~、普段聴かれる7番とは一線を画した、とても印象的なブルックナー7番!N響は広いNHKホールをものともせずに豊かに鳴らした見事な演奏!

 

 

 

思えば、パーヴォさんとN響のブルックナーは、これまでのブルックナーとは異なった新しいイメージを想起されてくれる、ユニークな演奏が多かったように思います。今回は過去のブルックナーほどに感じ取ることまではできませんでしたが(やはりダブルヘッダーだと集中力がいささか落ちますね、笑)、従来の固定観念に囚われず、曲の新しい姿を垣間見せてくれる。パーヴォさんの意気込みや心意気は十分に感じました。

 

 

しかし、こういう重厚なブルックナーとは一味違う斬新な演奏だと、やれオケの音がイマイチだとか、イメージと違うからダメだとか、何とかかんとか、と言う人たち…。そんなこと言っていたら、現代を生きる芸術家の生のライヴを聴きに行く意味はほとんどないのでは?自分が指揮者になって振ってみたらどうですか?

 

私の近くの席では、社会人になりたてくらいの若い女性の方が一人で聴きに来ていましたが、終演後に大いに感動されていて涙を流されていましたよ???会場だって盛り上がって、盛んにブラボーが飛んでいたのに、どうしてこうも感受性あるいは柔軟性が違うのか?

 

優れた芸術家が楽譜と真剣に対峙した上で、勇気を持って打ち出す新しさや創意工夫。それをちゃんと汲み取って感じること、汲み取ろうとする姿勢でコンサートに臨むことこそが、コンサートを頻繁に聴きに行くことのできるリスナーの、恵まれたことに毎日のように素晴らしいコンサートを享受できる東京というまちのリスナーの務めと矜持だと、私は固く信じています。

 

 

 

パーヴォさんとN響の新しいブルックナー、ハンス・アブラハムセンさんとシュテファン・ドールさんの初演ほやほやのホルン協奏曲。とても印象的なコンサートでした!この日はベートーベン7番とブルックナー7番を一緒に聴けたのも嬉しい!そして、パーヴォさんとN響は、今日のブルックナー7番と先日のラフマニノフ2番をもって、この後、2月下旬から3月上旬にかけて、ヨーロッパを周られます。いろいろ大変な状況ではありますが、ヨーロッパ・ツアーの成功を心より祈っております!!!

 

 

 

(追伸)昨日2月16日(日)、アクセス数が急に増えて???と思ったら、以下の記事が原因でした。NHKの日曜21:00からの「クラシック音楽館」で放映があったようです。記事をご覧になられた方、特に珍しいステンハンマル/ピアノ協奏曲第2番ニ短調の感想が、少しでも参考になったのであれば嬉しいです。

 

(参考)2019.11.16&17 ブロムシュテット/ステュルフェルト/N響のステンハンマル&ブラームス

https://ameblo.jp/franz2013/entry-12546282680.html