オペラ夏の祭典2019-20の公演、プッチーニ/トゥーランドットを観に行きました。

 

 

オペラ夏の祭典2019-20

プッチーニ/トゥーランドット

(東京文化会館 大ホール)

 

指揮:大野和士

演出:アレックス・オリエ

美術:アルフォンス・フローレス

衣裳:リュック・カステーイス

照明:ウルス・シェーネバウム

 

トゥーランドット:ジェニファー・ウィルソン

カラフ:デヴィッド・ボメロイ

リュー:砂川 涼子

ティムール:妻屋 秀和

アルトゥム皇帝:持木 弘

ピン:森口 賢二

パン:秋谷 直之

ポン:糸賀 修平

官吏:成田 眞

ペルシャの王子:真野 郁夫

侍女1:黒澤 明子

侍女2:岩本 麻里

 

合唱:新国立合唱団・藤原歌劇団合唱部・びわ湖ホール声楽アンサンブル

児童合唱:TOKYO FM少年合唱団

管弦楽:バルセロナ交響楽団

 

 

 

この公演は2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、芸術文化の面で東京をアピールする特別な公演です。今年がトゥーランドット(なぞ解き)、来年がニュルンベルクのマイスタージンガー(歌合戦)ということで、きっとオリンピック・パラリンピックや競技を意識したオペラの演目の選択なのでしょう。

 

この公演はダブルキャスト。大野和士さんとの2010/2011年の新国立劇場のイゾルデが見事だったイレーネ・テオリンさんのトゥーランドットを聴きたい気持ちはやまやまですが、何と言っても大好きな砂川涼子さんのリューが聴きたかったので、今日観に行くことにしました。

 

 

 

第1幕。冒頭、オケが始まる前に寸劇が付きました。白装束の母と子の強制的な別れ、上がる叫び声。母親を連れて行くのも同じ白装束の男性なので、権力の非情さを表しているのかな?と思いました。(なお、この寸劇は、第2幕でトゥーランドットにより歌われるロウリン姫の逸話ではないと思われます。)

 

オケが始まりました。バルセロナ交響楽団がもう鳴る鳴る!最初のジャン!ジャン!の連続はこれまで聴いたことのないくらいにタップリ!大野さんの意欲的な指揮です。

 

舞台はインドネシアのボロブドゥール寺院のような、階段が上下に縦横無尽に張り巡らされた見応えのある舞台。北京の役人の歌い始めでビックリ!日本語に加えて英語の字幕も付きました!海外にアピールする、公演の趣旨がよく分かります。

 

ティムールを案じる砂川涼子さんのリューの第一声に早くも涙…。何と沁み入る歌声なのでしょう!バンバンとティンパニが活躍する場面は勢い良く。合唱より一拍早く出るティンパニには本当に痺れます。

 

劇的な音楽、役人が民衆を打ち据える暴力的な場面の後に、女性合唱から児童合唱になる場面は透明感のある歌声、舞台も穏やかになって本当にホッとします。

 

ピン・パン・ポンが登場。何と、白装束の体制側ではなく、民衆の服装で出てきました!お酒飲んでて、千鳥足だったりして、イーゴリ公のクドーク弾きのダメダメのコンビのよう(笑)。これは一体?

 

リューのアリア。いつものようにアリアに入る前の前奏で早くも涙…。タップリ歌われて本当に素晴らしい!砂川涼子さんの歌はどうしてこんなに心に響くのか?世界最高のリューだと思います。オケの後奏もしっとり余韻を残して本当に雰囲気ありました。最後はカラフが中央の台を金槌みたいなもので叩いて幕。

 

 

 

第2幕。ピン・パン・ポンは今度は民衆でなく民衆を鞭打つ役人側の衣装で登場!ここで私が思ったのは、「第1幕は非番だったのかな?」というほのぼのとした感想(笑)。

 

ピン・パン・ポンによる「中国は不安定、昔は平和だったのに」の歌詞が印象的。「竹林の庭が恋しい」「経典を読んでいた」、3人の昔を懐かしむ歌が本当に切ない。大好きな”Addio, amore ! Addio, razza”の歌はタップリで雰囲気出ていました。

 

トゥーランドットの歌はジェニファー・ウィルソンさんによる、緊張感に溢れた素晴らしい歌!ロウリン姫を実際に舞台に出していた昨年のバーリ歌劇場の公演の印象が残っていて、ロウリン姫を歌うくだりの歌詞がもう刺さる、刺さる!カラフとトゥーランドットの見せ場の2重唱もタップリで大盛り上がり!これです、これ!オペラを観る醍醐味とカタルシス!

 

2問目の謎々で答えに窮するカラフを励ます砂川涼子さんのリューの一声!それだけでもう涙…。カラフが見事に全て答えた後の皇帝アルトゥムは威厳があってとても良かったです。アルトゥムが「明日の朝、息子であることを望む」と歌った後、アルトゥムとカラフがお互いに礼をするシーンには感動しました。

 

最後の皇帝を讃える合唱では、何とオルガンまで入りました!そして民衆は、歌う歌詞とはうらはらに、アルトゥムがまだ舞台にいるのに、謎々に答えてヒーローになったカラフを讃えていました!まるで心の中では民衆の選んだリーダーを望むかのような、非常に印象に残るシーン。

 

 

 

休憩時間にホワイエでコーヒーを飲んでいたところ、同じテーブルのご高齢のご夫妻が、第1・2幕について見事なまでの素晴らしい洞察!過去の公演を踏まえた上で、今回の演出の特徴を的確に指摘していて、本当に唸りました!

 

 

 

第3幕。第2幕までは空中までにしか降りてこなかった皇帝たちの住処が、地上に降りてきました。第1幕→第2幕→第3幕とだんだんに下がってきたのはとても象徴的。

 

カラフの「誰も寝てはならぬ」のアリアでは、何とオルガンのホの単音が加わっていました!栄光をイメージ付けて非常に効果的!デヴィッド・ボメロイさんによるとても立派なアリア。最後の“Vincerò !”では舞台の一番上の階段にスポットライトが当たるとても感動的な演出!

 

ピン・パン・ポンはこの幕は白装束の姿で登場!第1幕は民衆、第2幕は執行側、第3幕は白装束。きっと、誰もがそれぞれの立場になり得る、ということを示しているのでしょう。ベリーダンス風の美女3人を登場させて、トゥーランドットは諦めてこっちにしろ!と言いますが、カラフはなびきません。私だったらすぐ飛びついちゃいますが(笑)。

 

リューが連れて来られて、攻められます。この辺りの砂川涼子さんの歌は本当に素晴らしい!「様々の責苦さえも快く感じられるほど」「私の恋のこの上もない贈物」。一つ一つの台詞が心に響きます。

 

小柄な砂川涼子さんが体をいっぱいに使った演技は本当に感動的。その後のアリアも素晴らしいかったですが、今日はその前のシーンのトゥーランドットとのやりとりの場面にも大いに魅了されました。凛として悲しげな歌声。間違いなく世界一のリューだと思います。

 

リューは最後はトゥーランドットと同じ舞台に立っての感動のアリア!そして持っていたナイフをトゥーランドットにかざした後、自ら首を切って死を選びました…。舞台の上で十字架のように横たわるリュー…。

 

リューの死を受けて、妻屋秀和さんのティムールは「罪を犯した魂は復讐を受けるだろう」を渾身の力で歌います。これも何かを暗示します。その後のリューの魂が天に向かっていくのが見えるような静かな合唱は、途中で長調に展開する絶妙な和声!ここは本当に痺れます。

 

リューの死を目にして、トゥーランドットは衝撃を受け、リューの手を組んだり、頭にすがって後悔と鎮魂の気持ち。そして、最後は衝撃!!!のラストを迎えました!

 

 

 

ここはもう実際にご覧になっていただいて、どう思われるか?です。その衝撃のラストを見終っての私の感想は、「そう来たか!」「なるほど!」「だからリューの死の後、トゥーランドットのリューへの想いの演技を丁寧に付けていたのか!」「第1幕始めの寸劇はこのためだったのか!」など、きた~!と興奮を隠し切れない演出でした!

 

トゥーランドットはよく公演にかかるので、これまで10回以上観ていますが、どうしても「感動的なリューの死の後、なぜすぐにカラフとトゥーランドットがハッピーエンドを迎えるのか?」という疑念が常に残っていました。昨年観た、バーリ歌劇場の、リューの死で公演自体を終えるのは一つの解決策だと思います。

 

(参考)2018.6.23 プッチーニ/トゥーランドット(バーリ歌劇場)

https://ameblo.jp/franz2013/entry-12385922033.html

 

 

今回の演出のアレックス・オリエさんは「プッチーニは全ての作品において、それぞれの悲劇のヒロンの物語を論理的に書き上げている。我々は始めからこのプロダクションでその論理性を再現することを目的としてきた。これがその結果である。」と演出ノートで語っています。

 

アレックス・オリエさんは1992年のバルセロナ・オリンピックの開会式の演出を務められた方です。あの火のついた弓矢が空を飛んで聖火がともる感動の開会式!

 

私はこのラストがトゥーランドットの決定版になるかどうかは分りませんが、オリンピックの開会式を任されるほど卓抜な見識や洞察力を持たれたアレックス・オリエさんが、プッチーニが未完で終えてしまったトゥーランドットという難しいオペラを、第3幕後半のトゥーランドットとリューのやりとりを丁寧に重ねた上で、思い切って描いた、非常にチャレンジングなラストだと思いました。

 

 

この公演は、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、芸術文化の面で東京をアピールする特別な公演です。それに相応しい、極めて意欲的な演出を含めた、非常にレベルの高い、そして印象的な公演、大いに楽しみました!

 

この後の東京文化会館の公演、そして来週の新国立劇場の公演をご覧になられるみなさま、ぜひお楽しみに!「最初」から「最後」まで、集中力を持ってご覧になることをお勧めします!