山に湖にと素晴らしかったツェル・アム・ゼー観光からザルツブルクに戻り、今夜は連日となるHaus für Mozartでの観劇。ヘンデルのアリオダンテを観に行きました。

 

 

SALZBURGER FESTSPIELE 2017

GEORG FRIEDRICH HÄNDEL

ARIODANTE

 

(HAUS FÜR MOZART)

 

Gianluca Capuano, Musikalische Leitung

Christof Loy, Regie

 

Nathan Berg, Re, König von Schottland

Cecilia Bartoli, Ariodante, Vasall des Königs

Kathryn Lewek, Ginevra, Tochter des Königs

Rolando Villazón, Lurcanio, Ariodantes Bruder

Christophe Dumaux, Polinesso, Herzog von Albany

Sandrine Piau, Dalinda, Hofdame Ginevras

Kristofer Lundin, Odoardo, Günstling des Königs

 

Les Musiciens du Prince – Monaco

Salzburger Bachchor

 

 

正直に白状しますと…、今回の旅程を検討した時に、この日のザルツブルク音楽祭のオペラの演目がヘンデルのアリオダンテと知った時、まず最初に、他のまちで何かいい演目がないかを探しました。ヘンデルのオペラは前に他の作品を観たことがありますが、長くて物語がなかなか進まなくてちょっと退屈、という印象を持っていたからです…。(ヘンデル・ファンのみなさま、本当にごめんなさい!)

 

しかし、他のまちもなかなかこれという演目がなく、結局、消去法のような形で、ヘンデルのオペラを観ることにしました。ところが…

 

予習をしてみたら、これが非常に魅力的な歌が次から次へと出てきて、とてもいいのです!3~4回聴いたら、すぐに虜になりました。さらには、2005年のバイエルン国立歌劇場の来日公演を何で観に行かなかったんだろう?と後悔の念まで。全く現金だなあ(笑)。特に、第2幕でアリオダンテがジネヴラが裏切ったと勘違いして怒りをぶつける歌、その後、非常に似た旋律をルルカーニオが歌う歌に魅了されました。

 

(参考)ヘンデル/アリオダンテから、アリオダンテの歌“Tu, preparati a morire

https://www.youtube.com/watch?v=y8StOn1r_gI

※インスブルックのバロックのコンクールの公式サイトより

 

(参考)ヘンデル/アリオダンテから、ルルカーニオの歌“Il tuo sangue

https://www.youtube.com/watch?v=NK3JMvI_v1Y

※歌手のJuan Sanchoさんご自身がアップしている動画より

 

(参考)アリオダンテのあらすじは、こちらが凄く良くまとめられているのでご参照ください。

 

そして、今回の公演、実は前日に観た、皇帝ティートの慈悲とヴォツェックのプログラムの始めの方に大変印象的な広告があったのが目に入り、非常に気になりました。祝祭大劇場に掲げられていたポスターも同じ内容です。マルセル・デュシャンの作品「L.H.O.O.Q.」(モナリザの絵に髭を書き込んだ作品)を思わせますが、これは一体、何を表しているのでしょう?

 

(写真)アリオダンテの公演のポスター(ザルツブルク祝祭大劇場)

 

 

 

第1幕。舞台はシンプルな中世の部屋、背景に森の木々が見えます。キビキビとした序曲の中、太鼓が入ってビックリしました。ジャンルカ・カプアーノさん指揮のLes Musiciens du Prince - Monaco(モナコ公の音楽家たち)の演奏は小気味よく、歌と見事に絡み合って、非常に良かったです!冒頭のジネヴラのアリオーゾとアリア2連発。キャサリン・レウィックさんの素晴らしいアジリタ!続いて、日本でもおなじみのサンドリーヌ・ピオーさんのダリンダ。とまどう女心を可愛らしく歌います。アリオダンテ登場。チェチーリア・バルトリさん、初めて聴きますが、弱音の難しい移行の歌を非常に繊細に歌って見事。そして、再びジネヴラのアジリタの大きな見せ場。レウィックさん、快活に歌い、男性に担がれたり、踊ったりしながら、素晴らしい歌!ブラーヴァ!ネイサン・バーグさんの王様の歌。古いホルン2台が舞台に出てきて、一緒に歌います。1台のホルンの旋律はそのまま同じ旋律を歌いますが、もう1台のホルンはあまりにも難しい旋律を吹いたので、バーグさん、少し考えた上で別の旋律にして、笑いを誘っていました(笑)。

 

そしてアリオダンテの見せ場。ジネヴラとの結婚を許された喜びを長大なアジリタのアリアで歌います。途中、男仲間にお酒を飲まされて、ヒックヒックと音を入れたり、酔っ払ってよろめきながら歌ったり、非常に難しいアリアを見事に歌って大喝采!バルトリさんの実力が存分に発揮された瞬間でした!ローランド・ヴィラゾンさんのルルカーニオのアリア。ここはアジリタはなく、情熱的な歌。何だかロッシーニ歌いの中に、1人カヴァラドッシが紛れ込んだ印象です(笑)。ヴィラゾンさんの歌は大変情熱的で、地声じゃないの?と思わせる場面もあり、スリリングで危険な香り。ダリンダの揺れる女心の歌。大勢の男の人たちとユーモラスなやりとりをしながら、誰にもなびかず、ポリネッソへの愛を歌います。ピオーさん、いいなあ。演技も歌も本当に素晴らしい!最後はバレエのシーン、雅な感じで、途中ラモーのような音楽も入って、幸せ感いっぱいで終わりました。

 


 

第2幕。ジネヴラの裏切りが、ポリネッソの奸計により見せかけられます。そして、参考で挙げた大好きなアリオダンテの怒りの歌。バルトリさんのアジリタ、全くお見事でした!ルルカーニオがアリオダンテを慰める歌。そしてアリオダンテの悲しみの曲、繊細な弱音が素晴らしい。アリオダンテの悲痛さ、虚脱感をよく表しています。ダリンダの悲しみの歌。悪い人(ポリネッソ)を好きになってしまい、離れたい、でも離れられない女心を歌と演技でよく表します。そのポリネッソの邪悪な歌。自分を好いているダリンダを人形のように弄びながら歌います。でも離れられないダリンダが切ない…。

 

ジネヴラの悲しみの歌。ほとんど消え入るような歌声で、1幕のゴムまりのように弾ける歌との対比が見事。レウィックさんの表現力に魅入られます。アリオダンテの怒りの歌と同じ音楽を今度はルルカーニオが歌うシーン。ヴィラゾンさんのアジリタは、勢いで歌っているようなところがあり、たまにオケの旋律からはみ出たりしますがご愛嬌(笑)。とても迫力のある歌でした!アジリタの歌は音をピッタリ合わせるのが醍醐味という印象がありましたが、歌の魅力は必ずしも1つではない、そのことを実感しました、その後のジネヴラの歌!再びレウィックさんの感情の起伏の激しい歌です。この方の表現力は一体どうなっているんでしょう?素晴らし過ぎます。後半は死を表していると思われる存在との掛け合い、最後は男性陣に弄ばれます…。

 

そして、最後のシーンは…、あれ!?それまでバルトリさんがズボン役で男装していたアリオダンテが…、何と!女性の服装で出てきました!でも引き続き、髭は蓄えています?スクリーンに「これは一体?」の表示が出て幕。例のプログラムやポスターの写真はこの場面のものでした。何かの期待感を持たせる、素晴らしい展開!

 


 

第3幕。冒頭、スクリーンに聖書を引用して、”La Verite”(真実)の文字が3回出てきました。そして、第2幕最後と同じ、女性の服装で髭を蓄えたアリオダンテのカヴァティーナとアリア2連発!これが、これまでの抑圧から解放されたような、伸び伸びとした声量豊かな素晴らしい歌!続いて、クリストフ・デュモーさんのポリネッソの力強い歌。このカウンターテナーは本当に凄い!レウィックさんは引き続き、魂の向けたような心情を表す歌。そして、アリオダンテは遂に髭も全て取りました!

 

チチェーリア・バルトリさんが本来の女性の姿、女性の服装で、アリオダンテを歌います。これがこの日一番の会心の歌!タバコを使ったコミカルな演技も面白いです。ダリンダとルルカーニオの2重唱。最後ダリンダが逡巡の後、2人で手をつないで去って行くのが嬉しい。3幕ラストは現代の服装で、人種、男女を問わず、いろいろな組み合わせのカップルが出てきました!クラシックなバレエが意図的に踊りを失敗するシーンがあって印象的。ジネヴラはまだ逡巡している様子ですが…、最後、意を決して、アリオダンテと一緒に舞台後ろに出て行って幕となりました!

 

 

心の底からの感動!これ、舞台で何が起こったのか、お分かりになりますでしょうか?

 

つまり、この演出、アリオダンテはトランスジェンダーの方で、男性を装ってはいたものの、自認の性は女性。葛藤を抱えた末に、第3幕冒頭の歌でカミングアウトをして、自認である女性となり解放され、心からの喜びを覚えた、ということなんだと思います。それをズボン役のバルトリさんが演じていたので、最後、本来の自分の女性の姿で歌う歌や演技が本当に生き生きしていて、大変感動を覚えました。

 

一方のジネヴラ。愛する人が男性でなく女性だった。その事実に初めは逡巡しますが、最後は性別に関わらず、その人そのものを愛している、自分らしく生きる、ということで心の整理をつけ、勇気を持って女性同士でアリオダンテと一緒になる道を選んだ。最後のシーンが感動を呼びます。

 

ラストでクラシックなバレエで意図的に踊りを失敗させたのは、伝統や古い考え方だけに囚われると、道を誤る可能性もある。価値観の変化や新しい考え方もしっかり捉えよう。その象徴として、敢えてそういう演出をつけていたように感じました。

 

 

最近、日本でもLGBTに関する記事を新聞でよく見かけますが、正に時流を捉えた絶妙な演出でした。LGBTの方については、以前に比べると、かなり理解が進んできたようにも思いますが、日常生活で、何気ない一言で傷つけられたり、カミングアウトをしたくてもなかなかできなかったり、まだまだ不自由があるとも聞きます。今回のザルツブルクのクリストフ・ロイさんの演出も、きっと、理解や配慮を進めていく、一つのきっかけとなることでしょう。素晴らしい公演でした!

 

 

 

(追伸)最近立て続けに聴いたヘンデル。ユリア・レージネヴァさん→今回のアリオダンテ→森麻季さんと聴いて、とうとうヘンデルに開眼しました!さらに、メナヘム・プレスラーさんでも1曲聴いて、今年はちょっとしたヘンデル・イヤーとなりました。

 

2017.8.11 ユリア・レージネヴァ/カペラ・ガベッタのヘンデル

2017.9.9 森麻季さんのヘンデル

https://ameblo.jp/franz2013/entry-12309305717.html

 

2017.10.16 メナヘム・プレスラーさんのヘンデル