今年一番楽しみにしていたピアノ・リサイタルを聴きに行きました。メナヘム・プレスラーさんによる、モーツァルトとドビュッシーとショパンを中心とした演奏会です!

 

 

メナヘム・プレスラー ピアノ・リサイタル

(サントリーホール)

 

ヘンデル/シャコンヌ ト長調HWV435

モーツァルト/幻想曲ハ短調K475

モーツァルト/ピアノ・ソナタ第14番ハ短調K457

 

ドビュッシー/『前奏曲集第1集』から

  「デルフィの舞姫たち」

  「帆」

  「亜麻色の髪の乙女」

  「沈める寺」

  「ミンストレル」

ドビュッシー/レントより遅く 変ト長調

ドビュッシー/夢

ショパン/マズルカ第25番ロ短調op.33-4

ショパン/マズルカ第38番嬰ヘ短調op.59-3

ショパン/マズルカ第45番イ短調op.67-4

ショパン/バラード第3番変イ長調op.47

 

(アンコール)

ショパン/ノクターン第20番嬰ハ短調(遺作)

ドビュッシー/月の光

 

 

私はピアノ・リサイタルは、基本的に曲目を見て聴きに行くかどうか判断しています。 しかし、どうしてもこの方のピアノは聴かないと!と思う方がいらっしゃいました。それが、メナヘム・プレスラーさんです。

 

この方、以前は全く知りませんでしたが、2014年のベルリン・フィルのジルヴェスターコンサートで、モーツァルトのピアノ協奏曲23番をソリストとして弾かれたのを聴きました。その時の、ややたどたどしくすらあるものの、何とも含蓄のあるピアノに魅了され、もしリサイタルがあれば絶対に聴きに行きたい、と常々思っていました。(プレスラーさんの簡単なご経歴は下記URLをご参照ください。)

 

(参考)2014.12.30 ベルリン・フィルのジルヴェスターコンサート

一度、2015年に来日リサイタルの予定があったのですが、体調不良でキャンセルになりました。もう90歳を超えられているので、体調万全というのもなかなか難しいと思います。日本に来ていただけるだけで本当にありがたい。遂に念願が叶う瞬間がやってまいりました!

 

会場に入ると、サントリーホールはほぼ満席。プレスラーさんは杖をついて、介助の方に支えられてゆっくり登場。2014年よりもお年を取られたかな、という印象です。しかし、いざピアノに向かうと、それはもう素晴らしい音楽が聴こえてきました!

 

 

ヘンデル/シャコンヌ ト長調HWV435

瑞々しく、かつ、気高い演奏!プレスラーさん、技術面だけを見れば、ややたどたどしい面もあるのは仕方ありませんが、1音1音、丁寧に様々なニュアンスをつけて音を紡いでいきます。ヘンデル、初めて聴きましたが、何と美しい曲でしょう!最後、右手を高く上げてポーズを取るお姿、惚れ惚れするくらいにカッコいい!

 

モーツァルト/幻想曲ハ短調K475

モーツァルト/ピアノ・ソナタ第14番ハ短調K457

幻想曲は最初、聴こえるか聴こえないかくらいの弱音になったり、止まるのかと思うくらいゆっくりになったり、振幅の激しい味わい深い音楽です。音がキラキラして本当に綺麗。フォルテは決して大きくありませんが、そんな中でも強弱を大胆につけていきます。若手の腕の立つピアニストが弾いても、決して表現できない世界。93歳だからでなく、メナヘム・プレスラーさんだけが辿り着いた境地のモーツァルト。ソナタの最後の方は少し弾き急がれていたようにも感じました。ん~、もしかして、2曲続けて弾かれて、ちょっとお疲れだったのかも知れません?

 

 

 

休憩中、観客のみなさんの表情が、今日は何か凄いものを聴いている、もしかして、歴史的なリサイタルになるかも知れない、そんな驚きと後半への期待に満ち満ちていました。

 

 

 

ドビュッシー/デルフィの舞姫たち

冒頭、意表を突いてペダルなし、切った演奏で入ります。途中の舞姫を思わせる優雅な旋律がとても印象的。プレスラーさんの美しい弱音がピッタリの曲、素晴らしい演奏でした!

 

ドビュッシー/帆

弱音でドビュッシーならではの和声を紡いでいきます。緩急の使い分けが見事。

 

ドビュッシー/亜麻色の髪の乙女

弱音かつニュアンスの込められたピアノ。乙女の愛らしさを優しさたっぷりのピアノから伝えます。途中の重音のパートはやや重厚な雰囲気。そして、主題の再現の前の弱音の静寂の時間!最後の余韻の残る跳躍も印象的でした。

 

ドビュッシー/沈める寺

最初のオクターヴの上昇。3回ありますが、2回目のみ内声部を強調。そう来たか!と唸った瞬間でした。イースの伝説の長い年月を印象づけたのかも知れません。途中、鐘の音がハ長調で壮大に鳴る部分、私は音が重なり過ぎるのを嫌って、適度にペダルを踏み替えますが、プレスラーさん、メゾフォルテで弾いて、ほぼペダル踏んで、敢えて音を重ねていました。全体的に弱音を効かせていて、海の底から古(いにしえ)の寺院が出現するのを間近で見たリアルな描写というよりは、その映像を古い映写機で琥珀色に映し出したような印象のピアノです。鐘の後のドレソラドレの上昇を意識的に強調していたのも印象的。ラストの左手の分散和音は意外と音を出していて、これは7月のパスカル・ロジェさんと同じでした。

 

ドビュッシー/ミンストレル

軽妙洒脱な演奏とはこのこと!この曲、プレスラーさんのドビュッシーの十八番(おはこ)ではないでしょうか?非常に味わい深く、懐かしい響きのピアノです。ケークウォークの音楽ではありますが、印象としては、老紳士が、からかう孫娘に対して、おじいちゃんはこれでも昔はモテたんだぞ!とムキになって、昔鍛えた手品でパッと小さな花を出してみせ、孫娘をビックリさせるような(笑)、そんな情景が目に浮かびます。

 

ドビュッシー/レントより遅く 変ト長調

これも雰囲気抜群の演奏!揺らして溜めて、ニュアンス満載のピアノです。途中の満を持した夢見心地のルバート!後半の再現部以降は、老紳士が街角で初恋の女性に似た人を見かけて、息を切らせて追いかけたものの見失ってしまい、でも最後は思い出して笑顔になるような、そんな情景を思い浮かべます。非常に懐かしい響きのピアノでした!

 

ドビュッシー/夢

レントより遅くの流れで儚(はかな)く味付けするのかな?と思ったら、意外にインテンポで逆に驚きました。しかし、再現部以降はゆっくり歌って、最後は弱音を噛みしめて終わりました。

 

ショパン/マズルカ第25番ロ短調op.33-4

ショパン/マズルカ第38番嬰ヘ短調op.59-3

ショパン/マズルカ第45番イ短調op.67-4

マズルカ、以前は苦手意識を持っていましたが、7月の三好朝香さんの明るく朗らかなマズルカで遂に開眼できました。

 

(参考)2017.7.11 三好朝香さんのショパン/マズルカ(ほかプロコフィエフ・スクリャービン・カプースチン)

三好朝香さんのマズルカは、チャーミングな娘さんが、一緒に踊ろうよ!と言って腕を引っ張って行かれ、踊り方を知らなくても、楽しんで踊れるような陽気なマズルカでした。一方、プレスラーさんのマズルカは、昔マズルカを踊ったことをしみじみ懐かしむようなマズルカです。

 

ここで思い浮かんだのは老夫妻。シベリウスの伝記を読むと、シベリウスとアイノがアイノラで寛いでいる、いい感じの写真をよく見かけますが、そういう感じの老夫妻。若い頃に踊りを踊ったことを2人でしみじみ思い出している光景。そして、長調に転じる音楽では、2人が若返り、本当に踊っているシーンが見えてくるよう。時空を超えた、絶品のマズルカでした!

 

ショパン/バラード第3番変イ長調

いまショパンで一番弾いてみたい曲です。プレスラーさん、比較的インテンポ、格調高いバラードです。でもニュアンスは千変万化、ところどころで内声部を豊かに鳴らしていました。後半の沢山押えなければいけない難しいパートはゆっくりのアプローチでしたが、こう弾くのが一番適切と思わせるような絶妙の味わい、最後はフォルテで押していなくても、スケール感を感じさせる堂々とした演奏!絶品のバラードでした!

 

 

(アンコール)

ショパン/ノクターン第20番嬰ハ短調(遺作)

ベルリン・フィルのジルヴェスター・コンサートのアンコールで聴いた曲です。これもプレスラーさんの十八番ですね。味わい深い、静かな感動を覚える演奏。途中、サントリーホールのあちこちからすすり泣きが聴こえてきました。最後の最後で静かに長調に転じる瞬間!遂に安息を得て安らかに眠りにつく、そんなイメージを持ちました。

 

ドビュッシー/月の光

これ以上なく繊細で柔らかいピアノ。無限の優しさを感じます。まるで、月の光以外には何もないはずの背後の宇宙空間の音すら聴こえてくるようです。再現部の弱音の美しさと言ったら!ピアノの音って、本当に美しい!そのことを改めて実感する瞬間。実はこの曲はドビュッシーの曲の中では、そこまで好みではありませんでしたが、初めて月の光の魅力に目覚めた素晴らしい締めくくりの演奏でした!

 


 

含蓄のある味わい深いピアノ!じわじわくる感動!素晴らしい演奏に、最後、観客はほぼ総立ちになりました!この静かな感動を呼ぶ演奏にブラヴォーは要りません。温かい拍手が本当に心地良い。プレスラーさん、そんな観客に、歴史的なリサイタルの目撃者に、ご自身も高揚された趣で、笑顔で丁寧にお礼をされていました。私は2017年10月16日、サントリーホールの空間にいることのできたこの感動を、一生忘れないでしょう。

 

帰り道、音大の学生さんと思われる方々が、「めっちゃヤバ!」「聴きに来て良かった!」と口々に言われていたのがとても印象的でした。音楽を勉強していく上で、とても貴重な体験となることでしょう。私も今後ピアノを弾いていくに当たって、いろいろと大切なものをいただきました。プレスラーさん、感動の演奏を本当にありがとう!そして、いつまでもお元気で!

 
 

(写真)ピアノ・リサイタルのプログラム。プレスラーさんの指が何とも印象的な素敵な表紙です。

 

(写真)ホールで購入したモーツァルト/ピアノ協奏曲23番&27番のCD。沈める寺と遺作のノクターンも入っていました!今後ゆっくり聴くのが楽しみです!

 

 

(追伸)このリサイタル、NHKの収録が入っていました。いずれ放送があるかも知れません。この弱音の静謐な世界が放送でどこまで伝わるか分かりませんが、ピアノが好きな方には必聴だと思われます。ぜひぜひ、ご覧ください!