3月にミュシャ展でスラヴ叙事詩を観て、心の底からの感動を覚えましたが、その後、図録などで勉強した上で、もう1回観に行ってきました。

 

(参考)3月24日、最初に観に行った時のミュシャ展 -スラヴ叙事詩-の感想

http://ameblo.jp/franz2013/entry-12259492543.html

 

3月の鑑賞後、NHKのテレビの番組も見ました。宮本亜門さんと渡部陽一さん、本橋弥生さん(国立新美術館主任研究員)が解説していた「日曜美術館『ミュシャ 未来を見つめる超大作』」と、多部未華子さんがパリとチェコのゆかりの場所を旅する「華麗なるミュシャ 祖国への旅路 パリ・プラハ 二都物語」です。

 

ムハがスラヴ叙事詩を描くに当たり、ズビロフの村の人たちをモデルとして使っていたこと、民衆1人1人が絵の主人公であり表情がよく分かるように大きな絵にしたこと、などの解説を、興味深く見ました。

 

面白かったのは、最後の作品「スラヴ民族の賛歌」の紹介で、バックにヤナーチェクのシンフォニエッタが流れていたところ。ムハはヤナーチェクと同じモラヴィア出身ですし、シンフォニエッタ自体がチェコの独立に関連して書かれた曲なので(独立を喜んで、軍隊のため、ソコルという体育協会のため、都市ブルノの描写など、諸説あるようですが)、こういう合わせ方もあるんだなと感心しました。

 

 

また、前回観に行った時に図録を買ってきたので、その後、ゆっくり3回ほど繰り返し読みました。それぞれの絵の詳しい解説はもちろん参考になりましたが、NHKにも登場された本橋弥生さんによる、スラヴ叙事詩誕生にまつわる解説を非常に興味深く読みました。

 

ムハがスラヴ叙事詩を描く契機となったエピソードの1つとして、1900年のパリ万国博覧会において、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ館の内部壁画を手がけ、バルカン半島北西部に暮らすスラヴ民族の歴史を描いたことを挙げているのは他の解説と同じですが、興味深いことに、本橋さんはそのパリ万博のフィンランド館のことも詳しく紹介していたからです。

 

○一方、この万博のナショナル・パヴィリオンのなかで、最も注目を集め、高い評価を受けたものの一つは当時ロシア帝国領にあったフィンランド大公国であった。

○建築と同じく注目を集めたのが、内部中央ホールのドーム型天井にアクレリ・ガッレン=カレッラが描いた『カレワラ』をテーマにした4つのフレスコ画であった。ムハとガッレン=カレッラはおそらく直接の交流はなかったが、同世代の画家であり、同時期にパリのアカデミー・ジュリアンに通い、両者は共に、自らの使命は民族叙事詩を描くこととしていたなど、多くの共通点がみられる(ガッレン=カレッラの『カレワラ』壁画は大変な評判であったため、ムハも目にしている可能性が高い)。

○ガッレン=カレッラの描いた『カレワラ』の4つの場面は、《サンポの鋳造》《サンポの防衛》《蛇の野を耕すイルマリネン》《フィンランドへのキリスト教伝来》。

 

本橋さんははっきり言及している訳ではなく、あくまでも私の受け止めですが、もしかするとガッレン=カレッラの『カレワラ』を主題にした絵がムハをインスパイアして、後のスラヴ叙事詩誕生のきっかけの1つになった可能性を示唆しているように見受けられます。図録に載っていたそれらの絵を見るに、アール・ヌーヴォーとは一線を画した原始的とも言える力強い筆づかいで、民族性を大胆に打ち出しています。シベリウスを愛し、然るに『カレワラ』やアクセリ・ガッレン=カレッラに大いに愛着を持つ者として、大変興味深く読みました。

 

 

さて、前置きが長くなりましたが…、絵を観に行きましょう!前回は展示の順番通りスラヴ叙事詩から観ましたが、今回はミュシャの絵がどんな風に変わっていったのかを体感してみたかったので、まずは奥にある「ミュシャとアール・ヌーヴォー」の部屋に進みました。前日にシャトー・カロン・セギュールの試飲会に行った3つ目の理由は、この冒頭のアール・ヌーヴォーのミュシャの絵を、パリの現地で観ているような気分になりたかったからです。カロン・セギュールのラベルのハートのマークにも、どこかしら曲線美のアール・ヌーヴォーの片鱗を感じたり。ちょっと無理があるか?(笑)

 

ところが、3月は間近で絵を観ることができたこのアール・ヌーヴォーの部屋、この日はものすごい数の人、人、人!良く観ることができませんでした…。奥のコーナーはそこそこで切り上げ、気持ちを切り替えて、スラヴ叙事詩20枚に再会しに行きました。スラヴ叙事詩は大きな絵なので、混んでいても十分鑑賞できます。

 

前回の拙ブログで特に気になった絵として、「原故郷のスラヴ民族」「スラヴ式典礼の導入」「ベツレヘム礼拝堂で説教をするヤン・フス師」「スラヴ民族の賛歌」の4枚を挙げましたが、今回も4枚、特に興味を持った絵をご案内します。

 

(写真)ムハ/ルヤーナ島でのスヴァントヴィート祭

※購入した絵葉書より

 

まずは「ルヤーナ島でのスヴァントヴィート祭」。前回「最初の何枚かを観た時点で、自然と涙がこぼれ落ちて」と書きましたが、正確にはこの2枚目の絵を観てでした。様々な要素がコラージュされた大変象徴的な絵です。まずは中央やや右、空中に浮かぶ3人の楽士。解説には「悲惨な戦争に対する人間らしい対応としての芸術の意義を示すために登場する」とあります。そのうつむいている表情からは、戦争に対する芸術の無力さ、のようにも思え、非常に身につまされるものがありますが、この絵のサブタイトルは「神々が戦いにあるとき、救済は諸芸術の中にある」なので、戦争に対するアンチテーゼ、戦争に対抗しうる芸術の強さの象徴として出てきていると信じたいです。

 

そして、一番印象的なのが、中央下の赤ちゃんを抱いた母親!解説には「優しさとメランコリーを体現する」とありましたが、哀しみとも毅然とも取れる何とも言えない表情をしています。民衆の1人ではありますが、もしかしてスラヴの女神「スラヴィア」の化身?と思わせるような存在感です。スラヴ叙事詩では他の絵にも観客に視線を投げかける登場人物がいてそれぞれ印象的ですが、私はこの絵のこの母親に一番感銘を受けました。何がそう思わせるのか?よくよく観てみたら、この絵で唯一目を見開いているのがこの母親だけであることに気づきました。いろいろな捉え方ができると思いますが、私は芸術のことと相まって、希望の象徴と受け取りたいと思いました。

 

 

(写真)ムハ/ボヘミア王プシェミスル・オタカル2世

 

次に「ボヘミア王プシェミスル・オタカル2世」。王が結婚式で来賓を迎えているシーンの絵です。スラヴ人の結束を示しています。前回この絵を観た時の感想は、「スメタナのリブシェに出てくるプシェミスルの名前がついているけど、関係あるのかな?」でした。調べてみたら、そのリブシェに出てくる農夫プシェミスルが一族の伝説上の始祖で、その名を取ってプシェミスル朝が始まり、13世紀後半のプシェミスル・オタカル2世につながっていったそうです。オペラ「リブシェ」では第2幕でとても牧歌的なアリアを歌う農夫プシェミスルですが、リブシェと結婚してその後、子孫は「鉄と黄金の王」とまで呼ばれるようになったんですね!

 

ちなみにこのオペラ、「わが祖国」を愛する人には超お勧めの祝祭オペラで、第3幕最後の「リブシェの予言」の場では、ターボルにそっくりな音楽(共にフス派の讃美歌「汝ら神の戦士」の引用)が出てきます。2007年にプラハ国民劇場で観て大感激した思い出のオペラ。個人的に「ダリボル」と並んでスメタナのオペラの最高傑作だと思います。

 

 

(写真)ムハ/ヴィートコフ山の戦いの後

 

次に「ヴィートコフ山の戦いの後」。スラヴ叙事詩はスメタナ「わが祖国」を連想させるものがありますが(特にターボルからブラニーク)、ところがよく鑑賞していくにつれて、確かに取り上げている主題に共通するものがあるものの、方向性はやや違うことが分かってきました。それを一番端的に示しているのが、この絵だと思います。

 

この絵はプラハが神聖ローマ皇帝ジギスムントの率いるカトリック教徒の軍勢(十字軍)に包囲されたヴィートコフ山の戦いを主題としており、フス派の部隊とプラハ市民が十字軍に勝利した後の情景を描いています。ブラニークのあの感動的なラストのように勝利に沸く場面を描いても良さそうに思えますが、ムハは司祭が神に感謝を捧げ、フス派の指導者ヤン・ジシュカ(右側で太陽に照らされている)も祈りと深い感謝の気持ちをこめて瞑想に耽っています。「露骨な抗争やそれに伴う流血を思い出させる一切を省こうとした」「私の作品が目指してきたのは決して破壊することではなく、つねに橋を架けることである」、ムハはそう語っています。左側手前の女性の表情もとても印象的ですね。

 

 

(写真)ムハ/聖アトス山

 

最後に「聖アトス山」。今回の20枚の絵の中で、内容でなく純粋に絵として最も印象に残ったのはこの絵でした。天上界(上半分)と地上界(下半分)が交錯する幻想的な絵。一番上に聖母マリアの大きなモザイク画がありますが、伝説によれば、聖母マリアはギリシャのアトス山で亡くなったとされているそうです。左から右にずらっと並ぶ智天使(ケルビム)や右から射す光がとても印象的。

 

 

前回と違って時間に余裕があったので、今回は音声ガイドを利用してみました。スラヴ叙事詩の各絵のポイントを的確に解説していて、図録にない情報もあったりして、とても良かったです。最後のコーナーの音声ガイドでは、解説の後にプラハ少年少女合唱団によるスメタナの「私の星」という歌が聴こえてきました!今回は図録で勉強してきたこともあり、スラヴ叙事詩は比較的冷静に観ることができましたが、チェコの平和を祈るような少年少女の無垢の歌に不意打ちをくらい(笑)、最後の最後に涙腺が決壊してしまいました…。絵ももちろん凄いですが、音楽の力ってやっぱり凄いですね!

 

ところで、どうしてわざわざ混雑する土曜日の午後(チケットは30分待ち、絵ハガキや図録などの販売コーナーは購入まで何と45分待ち!)にスラヴ叙事詩の2回目を観に行ったのか?クラシック好きの方はもうお分かりですね(笑)。その訳は次のブログにて!