先週ペトル・アルトリヒテルさん指揮のプラハ交響楽団のスメタナ/わが祖国を聴いて大いに感動しましたが、面白かったのはそのプログラム・ノーツ。わが祖国の解説は少しで、他の芸術家のことに大きく紙面を割いていたからです。

 

(参考)2017.3.16 ペトル・アルトリヒテル/プラハ交響楽団のスメタナ/わが祖国

http://ameblo.jp/franz2013/entry-12257055549.html

 

その芸術家の名は、アルフォンス・ミュシャ。

 

ミュシャはアールヌーヴォーの絵で有名ですが、1908年にボストンで、ボストン交響楽団の「わが祖国」を聴いて感銘を受け、以前からあたためていた、祖国の歴史をテーマにした大作「スラヴ叙事詩」の構想を後押しされたそうです。

 

その「スラヴ叙事詩」全20枚が、現在、国立新美術館のミュシャ展で観ることができるとのこと。今回がチェコ国外では初のお披露目だそうです。ダメ押しで3月19日(日)日経新聞朝刊にも特集が載っていました。これはもう観に行くしかありません!

 

ということで、先日のプラハ交響楽団のわが祖国のイメージが鮮明な内にと、国立新美術館の「ミュシャ展」に行ってきました。

 

 

入り口を入ると、「わぁ~!」「すごい!」という歓声があちこちから上がります。想像を絶する大きな絵が飾られていて、正に壮観です!これまで美術展はいろいろ観てきましたが、もしかすると、今までで一番貴重な機会になるのではないか、そんな予感がひしひしとします。最初の何枚かを観た時点で、自然と涙がこぼれ落ちてきました。ムハ(スラヴ叙事詩なので以降はミュシャでなくムハとします)のスラヴへの想いが込められた絵の数々、もう本当に素晴らし過ぎて感動の極致です。

 

特に気になった絵についてご紹介します。

 

まずは、「スラブ叙事詩」の1枚目の絵、「原故郷のスラヴ民族」。「ミュシャ展」のポスターやチラシでも使われているので、見かけられた方もいらっしゃるかも知れません。手前のこちらを見ている2人の表情、特に目が本当に印象的な絵です。温厚な農耕民族のスラヴ民族ですが、異民族の侵略を受け、怯えている男女。空中に浮いているのは、多神教の司祭、右側の女性が平和、左側の男性が戦いを表しているそうです。 戦いによっていつか自由や平和を勝ち取るだろう、という思いが込められているとのことでした。

 

(写真)ムハ/原故郷のスラヴ民族

※購入した絵葉書より


次に、「スラヴ式典礼の導入」。ラテン語でしか認められていなかった典礼をスラヴ語で行うことをローマ教皇から勝ち取った場面の絵です。空中で浮いている右側の4人は、スラヴ語典礼の導入を支持したロシアやブルガリアの皇帝。「スラヴ叙事詩」は、スラヴ民族全体を扱っているので、チェコスロヴァキアだけでなく、ブルガリアやセルビア、ロシアなど他のスラヴ民族や国家の要素や絵も出てきます。空中に浮遊する絵は、古くはアッシジのサン・フランチェスコ聖堂のジョットのフレスコ画、新しいところでは、マグリットの絵、クリムトの「ベートーベン・フリース」など印象的な絵が多いですね。輪を手にした若者は「団結こそ力なり」を意味しているそうです。

 

(写真)ムハ/スラヴ式典礼の導入

 

次に、「ベツレヘム礼拝堂で説教をするヤン・フス師」。「わが祖国」の関連でこの絵は外せません!チェコ宗教改革運動のモットー「真理は打ち勝つ」を表しています。説教壇から身を乗り出して熱烈な説教をするヤン・フスは殉教者であり、チェコの人々の英雄であり誇り。プラハの中心である旧市街広場にも大変立派な像が建っています。左手前に、フス戦争においてフス派の軍勢の指揮を執ったヤン・ジシュカ、右手前にフス派の支援者ボヘミア王妃ゾフィーも描かれています。

 

(写真)ムハ/ベツレヘム礼拝堂で説教をするヤン・フス師

 

ただ、そんなヤン・フスですが、そんなに目立つようには、描かれていません。ジシュカやゾフィーも注意して観ないと分かりません。他の絵も同様な傾向です。日経新聞に学芸員マルケータ・ゴルドヴァー氏の解説がありました。

 

「画家が描きたかったのは英雄的な民族の物語ではなく、権力者に翻弄され、抑圧されてきた弱い立場の人たちの姿だった。だからこそ『スラヴ叙事詩』では一貫して、民衆の視点から歴史的場面を切り取り、見る者を画面の中に誘い込む」

 

なるほど!と思いました。何枚かの絵では、民衆の内の1人が真っすぐ鑑賞者側を見つめているものもあり、さらに絵に引き込まれます(特に「ルヤーナ島でのスヴァントヴィート祭」で赤ちゃんを抱いた母親がこちらを見る目が本当に印象的)。

 

 

最後に、「スラブ叙事詩」の20枚目の最後の絵となる「スラヴ民族の賛歌」。ムハは、自由と平和のために奮闘したスラヴ民族の精神が、国を越えてあらゆる人々の理想となることを願い、この絵をシリーズ最後の作品としたそうです。中央の引き締まった体躯の青年は、チェコスロヴァキア、および第一次世界大戦後に誕生したその他の国民国家のシンボル。「わが祖国」のブラニークで最後ヴィシェフラトの主題が帰ってくる場面は本当に感動的ですが、その音楽と重ね合わせてこの絵を観ると非常に味わい深いものがあり、気分も高揚します。ただし、絵としてはチェコだけの出来事でなく、もっと普遍的なものを目指しているようです。

 

(写真)ムハ/スラヴ民族の賛歌

 

 

特に気になった4枚だけご紹介しましたが、全20作品全てが傑作でどれも本当に見応えがあります。それこそ一日中、観ていたい心境になりました!

 

「わが祖国」との関連について。「わが祖国」を聴いて「スラヴ叙事詩」制作の意欲を高めたムハですが、1曲目のヴィシェフラトから6曲目ブラニークまで、それぞれの交響詩に関連した絵が出てくる訳ではありません。フス派の戦争に関連する絵が多いので、ターボルとブラニークの雰囲気を感じさせる絵が多い、というところでしょうか?ただし、平和を愛したムハは流血場面を避けようと努めたので、戦いの後の祈りの場面や、戦いの悲しさを嘆く場面などを描いて、平和への希求を示しています。

 

「スラヴ叙事詩」の20枚だけで、もう十分にお腹いっぱいですが、普段よく目にするアールヌーヴォーのミュシャの絵も沢山ありました。ミュシャがパリでブレイクするきっかけとなった、サラ・ベルナールの舞台「ジスモンダ」の絵や、オペラ関連だと、「トスカ」「ハムレット」「メディア」などの絵、オスカー・ネドバルが作曲したバレエ・パントマイム「ヒヤシンス姫」の有名な絵もあります。実に充実した内容の美術展です。

 

 

20時まで開いている金曜日を狙っていき、今回は仕事の後に取り急ぎ1時間くらい観た程度に留まりましたが、「わが祖国」の余韻が残る中、感動的な絵の数々を観ることができ、本当に感無量でした!図録を買ってきたので、家でじっくり読んで、その上でもう一度、また観に行きたいと思います。

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