世の中に不思議な出来事は、そりゃもう数えきれないくらいあるんでしょうけど、それが自分の部屋の机の上というごくごく狭いところで起こってしまったもので、かれこれ数か月間困惑し続けております。
何かと言いますと、万年筆のインク壺の中のインクが、ほとんど使用していないのに、量がだいたい四分の一にまで減っているのです。
インク壺を開けたのは一度だけ。岡山へ行ったときに買ってきた「竹ペン」(細い竹を削っただけのいたってシンプルなペンです)の書き心地を試すために一度ペン先を浸しだけです。
ちなみにインク壺そのものを入手したのは、大学生の時だから25年近く前になるでしょうか。東京で学会があり、みんなで先生にくっついていったとき、かねてから目をつけていた神田の「金ペン堂」でペリカンの万年筆を買ったときにいっしょに購入したもので、四半世紀ほど密封状態で、中身は全く減っていませんでした。
それが。竹ペンの試し書き後、きっちり蓋をしておいたのに、中身が減っているのです。インクの表面にはモコモコしたカビのようなものが浮いています。カビは竹ペンについていたものでしょうからそんなに驚きはしないのですが、このカビ、インクを食べて生きているんでしょうか。
たった今、インク壺を確認してみましたが、蓋はきっちりしまっていました。開けて見たい気もするのですが、インクが減った部分の空白に何が入っているのかわからないので怖くて開けられません。カビの胞子がウヨウヨしているかもしれないし、ひょっとしたら真空なのかもしれません。インクは墨汁のようにどろりとしています。ああ怖い。
それで万年筆はどうしたかというと、「金ペン堂」でさんざん試し書きさせてもらって、清水の舞台から飛び降りるというのはちょっと大げさですが、かなり奮発して買ったにもかかわらず、インクを吸い上げる部分に隙間ができて漏れ出すようになってしまい、数年で押入れ行きになりました。立派な箱に入っていて、インク(件のインク壺とは別です)もついていたのに。
ちなみに修理できないものかと思って「金ペン堂」(今もあります老舗です)に送ったら、輸入品で古いので修理はまず無理で、同じようなモデルのものは当時の倍の値段になっていると聞いてあきらめました。
そんなわけで、はるばるドイツからやってきたインク壺。中身は減る一方です。最後の一滴が無くなるとき、極限まで凝縮された重力によってインク壺の中で極小のブラックホールが誕生するのではないかと少しだけ楽しみでもあります。冗談です。