ちょっと、爆弾落とします。


今のうちに逃げてください。


と言うことは、原田のブログを読まないでと言うこと。


なら、書くなと言われそうですが、読むなと言われると、読みたくなるものですので・・・、狙いはソコだったりします。


でも、きつい言葉に触れたくないのと言う方は、無理をする必要はありません。



ストレスになることを避けるのは当然ですもの。






皆さんの中で、スピリチュアルなカウンセリングを受けて、


言われていることがごもっともなんだけど、




「あなたには言われなくないわ!」と思ってしまい、心を閉じてしまったこと、ないでしょうか。


私の全身が入る穴を見つけたら、


きっと、わたしも、この仕事を始めたばかりの頃にはこんな思いをお客さまにさせてしまったことがあるだろうと、


恥じ入ることにします。


“人は自分が言った通りのことを完全にはできない”と言う持論を持っていますので、批判的発言の対象の中に、自分も入っています。



しかし、言うべきだ!と思ったことを、完全にはできない自分が言うことはできないと、後ろに下がることは、


卑怯者がすることで、責められること覚悟で必要なことは言うのです。



話を戻しますね。



多くの場合、カウンセリングを受けて良かったですというフィードバックをいただきますが、


そうでない方のお声は届きにくいものです。


気を遣って、そのようなご感想は、お友だちの間で他の人に聞こえないように、ましてや私の耳に届かぬように、影で言ってくださるものだからです。


“お客さまに届けたいメッセージを、お客様ご自身が受け取る受け取らないは、お客さまの自由です。”


という言葉は、未熟なカウンセリング技術しか持たないセラピストの言い訳に、実に便利です。





私は幸いなことに、スピリチュアルなセッションを受けた時に、


こちらのお話もカウンセラーさんやセラピストさんに良く聴いていただきましたし、ラポールがしっかり築けて、良い時間を共有できた充実感を得られています。


「え~、全部そうなの??」と思われそう。


私が言う、スピリチュアルなセッションの数の中には、入っていないものもあります。


そのようなセッションは、きちんと学んだセラピストさんと同列に並べることはできません。


ゴミはゴミ箱へ。


どのようなセッションをゴミ箱に入れたのかはもう思い出せません。


そのゴミ箱をあさる価値もないことは確かなので、


「完全に消去します。




スピリチュアルなカウンセリングセッションに、傾聴力は必要ないでしょうか?



神さまや高次元の存在に耳を傾けること以上に、目の前の人のお話にも耳を傾けることができないと、


スピリチュアルカウンセリングの目的は遂げられません。


ごちそうを並べても誰も食べずに帰ってしまう会食会のようです。


つまり、無駄になるということです。



カウンセリングと名乗るのであれば、


せめて基礎的な傾聴力は身につけておいた方が良いでしょう。



スピリチュアルカウンセリングは、『カウンセリング』であり、それは、対人援助職であることを

意識しないと、どんなに優れた能力を持っていても、結局


プロフェッショナルにはなれません。




と、私は思います。


私がカウンセリングやコンサルテーションをお願いしている方は、その方の人間性を尊敬しております。

そのような方たちは自己研さんを怠らず、プロに徹しています。


そしてそのような方のセッションを受ける度に、セッション内容から得られるギフトはもちろん、


人間性に触れて、とても豊かな時間を過ごせたと心から満足できるのです。



スピリチュアルカウンセリングの影響力は、その影響を受けたいと思う人にとって、時に人生を左右するほど大きいものだと、


心しておくべきでしょう。




おバカなカウンセラーに話すよりも、愛犬に話した方が心の整理がつくものです。