ZEROからONEのスタートライン | いつも心に青空を 

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フランスMOF最優秀職人と共にパン菓子研修を行っている「ドゥ・カリテ」の日記です。マカロンの製造販売もしています。

「細く曲がりくねった道で君は何度もつまずきながら理想と現実、挫折を乗り越え自分というスタートラインを見つけた。」note
自分が子供のころからずっと好きな歌手のThe ALFEEの[ONE]という歌の歌詞の1フレーズです。
15歳のころから憧れていたフランスに20歳ぐらいのころ初めて着いたときは現地に知人がだれも無く、本とカセットテープだけで独学で誰にも言わずに密かに5年間学んだつたないフランス語での長期間(3年)のフランス生活がスタートしました。憧れのフランスで生活するためにフランスの主食であるパンの職人になって生計を立ててやっていくんだという思いを胸に。ルーアンの製パン学校入学テスト合格のためのフランス語学習、フランス製パン国家資格CAP取得のための製パン学校での悪戦苦闘の毎日、日本のTVで見て憧れていたドラフォス氏のパン・菓子店でのリジューの村での研修、パン職人として給料をもらい正式に仕事をしてフランス人と共に働いたアルザスやムジェーブの町での毎日等。日々たくさんのつらい出来事があり自分の頭の中の理想のフランスとは違う厳しい現実のフランスでの生活に途中何度も挫折しましたbearing。でもやっぱりどこかに神様はいるもので、いろいろな方々の支えのおかげでフランスから日本に帰国した後も大きな挫折を味わいながらなんとかこれまでやってこれました。フランス菓子マカロンを作って販売しながらパンや洋菓子のフランス人職人の方々を日本にお呼びして一緒に仕事をさせていただけることで、<<日本とフランスの間の橋渡しの役目を果たし人々の役に立ちたい>>という遠くて漠然としていた夢はようやくスタートラインに立ちつつあります。途中自分の思い通りにいかないことのほうが多すぎて嫌になることもあります。フランス生活に憧れて15歳のころZEROからスタートした独学で勉強し続けたフランス語。周りは英語を勉強している中でのフランス語の勉強は回りの同級生や大人から異端児扱いを受け非常に心が傷つきました。しかし今ではそのフランス語は一生の自分のかけがえのない財産として、そのフランス語の勉強を始めた当時では想像できないほど多くのお金では決して買えないものを自分にもたらしてくれます。今改めてもう一度スタートラインに立って、初心を振り返り、今まで支えてくれた皆さんに感謝していきたいと思います。自分が夢をもってその夢の実現のために少しづつ努力し続けるプロセスのなかに本当の価値があり、結果は必然的に良くも悪くもついてくるのでしょう。新しい事への挑戦を恐れず、もし失敗しても挫折からはより多くのことが学べます。挫折から立ち上がるには回りの人々の支えと自分自身との闘いに勝つことが必要ですが、挫折を乗り越えたとき新しい自分に出会えるのでしょう。もう一度あの幼いころのように漠然とした夢と明確な目標を持って具体的計画を立てて日々努力を積み重ねることの大切さを、私も通ったINBPフランス国立製パン製菓学校の卒業生でフランスや日本でがんばっている方々のブログを今日読んで強く感じました。フランスの話し言葉のフレーズで「Renvoyer l'ascenseur.(ランヴォワイエ・ラサンスル)」というものがあります。これは直訳すると「使った後で次ぎの人のためにエレベーターを一階に戻す」という意味ですが、このフレーズの本当の意味は「助けくれて自分を引き立ててくれた友人に恩返しをする。」というのが正しい意訳です。フランスの友人がこのフレーズの真意を教えてくれたのですが、なんともフランス的エスプリの効いた私の好きなフレーズの一つです。

パリの冬のエッフェル塔です。この塔に子供の頃憧れたものですshine。実物はNHKで18年以上前に放映されたアニメ「不思議の海のナディア」で見て想像していたものと一緒で大変感動しました。アニメの中では1889年パリで開かれた万国博覧会で良くエッフェル塔がでできました。子供ながらに主人公であるフランス人少年ジャンと一緒に映る塔のカットの部分がかっこいいと思い、だんだんフランスに惹かれていきました。建設から100年以上経った今でもフランスのシンボルとして人々の心をひきつけるものが実際にあります。初めて塔の近くまで実際に行ってみると、ありえないとは思いつつも本当にアニメの中の私の憧れの主人公のジャンがプロペラ航空機に乗ってどこかからでてくるんじゃないかなと思わせるような雰囲気でした。また行ってみたいです。

ドゥ・カリテ 公式ブログ

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