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愛すべき日々

孤高のバイク乗り

 

30年ぶりの富士山の洗礼

 夏休み最後のイベントとして富士山登頂に赴いた。アメリカコロラド州(高地ボルダーのあるところ)出身の英語教師とともに16日未明に自宅を出発。現在静岡県富士宮口5合目は車両規制のため、付近駐車場からシャトルバスにて登山道入り口に向かう。

 

 駐車場から眺める富士山は宝永山こそみえるものの、7合目あたりから上は雲の傘をかぶっていた。つまり一日中雨模様だということだ。それでも登山客は列をなしている。ここから約30分ほどで着く。

 

 富士山富士宮口5合目を出発したのは7時28分。前回のことを思えばスムーズな足取り。

やはり登山の経験がものをいうのか、すっすっと足が前に出る。それも7合目あたりまで。

7合目で、びしょびしょのTシャツを脱ぎ冬用のインナーに着替える。これでいったんは暖かさを保つことに成功。そして8合目池田館。ここで暖をとるために味噌汁を飲む。フランクフルトも食べる。それでも濡れた体を温めることはできない。立ち止まっていても寒くなるので出発。標高3,000mを超え一気にスピードが落ちた。標準の半分くらいになる。

 そして9合目でめまいのような症状が・・・。それでも9合5尺に到達。

酸素がほしい。しばらく休んでも解消しない。すでに高山病発症である。

ただ、自覚症状には乏しく最後の胸突き八丁を目指そうと再度スタート。

間髪入れずに嘔吐。連続3回。ここで終了か?と頭をよぎったのだがすっきりしたのも事実。

もう一度吐いたら撤退と決め上を目指す。唯一の救いは脚が動いていることだ。

 

 胸突き八丁を上っていくと最後の関門、鳥居が見えてきた。

いき絶え絶えではあるものの登りきるしかないのだ。

 

 12時57分再びやってきた富士山山頂。もう気力だけで登ってきた。

前回とは違い年齢も倍になり、高山病の症状も出現したなかでの登頂に感慨ひとしお。

頭痛の症状がなかったのが幸いか。ここで御朱印とお守りをいただく。

 

 山頂で1時間ほど休む。何も口にすることはかなわない。妻の作ってくれたお弁当も食べることができずただひたすら休む。時間も過ぎてゆく。今回は剣が峰とお鉢巡りを目的としていたのだが、これも断念せざるをえない。

 

 それでも前回見られなかった火口を見る。荒々しい噴火口。

吸い込まれそうな姿にしばし見とれる。

 

 もしチャレンジできるのならこの周りをまわってみたい。でも今は再チャレンジも考えられないぐらい高山病で苦しんでいる。

 

 下りのコースは今来た富士宮ルートか当初の予定である御殿場ルート経由か相談した。

下疲れもあるので短い富士宮ルートもありだが、かなり岩場の厳しいところもあった。そこで緩やかだが道のりの長い御殿場ルート→砂走→宝永山(いわゆるプリンスルート)からの6合→5合を選択した。14時過ぎ頂上を出発

 

 名残惜しい富士山山頂。また戻ってくることができることを願って退散。

白い世界に吸いこまれるように下山道をいそぐ。

 

 御殿場ルート8合目あたり。一瞬ではあるが青空がのぞいてきた。

本日一番の景色。頂上を見ることができる。

 

 この景色にしばし見とれる。このあたりで体調も普通の状態に戻っている。

やっぱり高山病だったのだ。吐き気もなく下山道を向かうスピードも一気に通常の1.8倍に。

再び白い世界の中、道を確かめながら進んだ。

 17時15分下山完了。17時半のシャトルバスに乗り込んで駐車場に戻ってきた。下界はどしゃ降り。振り返ってみると本日の雨は幸いだった。高山病で好天ならば日射の影響は避けられず、強制撤退だろう。雨だけど風はほぼなかったことも体温保持に大きなプラスとなった。

 ではなぜ高山病になったのか?それは十分な睡眠がとれなかったことと、早め早めのエネルギー確保ができていなかったのだと思う。これを教訓にしたい。

 

 同行のアメリカ人はスイスイと最後まで完登した。登山経験なしだが、身長192㎝4,000m近くの高地で生まれ育ったDNAはやはり本物だった。

 

1,543㌔㌍ 23,599歩 15.37㌔ 223階段