クイーンといえば、ボクが中学・高校生時代に全盛期を迎えたバンドだ。ギターオーケストレーションという、シンセサイザーに頼らない複音効果で、音楽史にさん然と輝く。フレディ・マーキュリーは、45歳の若さでなくなってしまったが、彼の残したボーカリストそして、音楽プロデュースの才能は今も生きている。インフルエンザで仕事がオフになったこともあり、自室にこもって昔のクイーンのアルバムを聞きながら、当時のことを思い出したりしたわけだ。
さて、ボクは自身でも演奏をたしなむ。10代(1970年代半ばから1980年代半ば)は、それこそいろいろな音楽が花咲いた時代だ。途中省略するが、その過程を経て現在の日本の音楽シーンがこのような状態になるとは誰が想像しただろう?もちろん、日本の音楽シーンを構築していくような立場にはないが。
流れはどこから変わったのか?それは私が30代を迎える手前。小室哲哉の存在であろう。当時、ボクはイギリスにいたのだが、ジャングルミュージックなるものがはやっていて。アップテンポ(32♪)なリズムの上に、スローな旋律を載せる手法だった。超高音のヴォイスとあいまってのりのよい全く新しい分野があった。若者は、こぞって聞いていたのを思いだす。
休暇を利用してウイーンへ向かっていた列車の中で、日本人プロデューサ(岩永氏)と会った。彼は、ボクと同年代でニューミュージック世代。1ヶ月の休暇をとってプロデューサとしての自分を見つめ直す自分旅行の真っ最中だった。そこでも、小室哲哉ブレイクの話は出ていた。さて、それでどうなったか?
日本の音楽シーンから、クイーンのようなバンドは出てきていない。というか、世界で支持されるロックの土壌は日本にはできなかった。
音楽は手軽に演奏でき、手軽に楽しめるものになったが、その想いは遠くなってしまった。「のり」
が優先され、旋律が先にあり、言葉がそこについてくる。代表的なジャンルがヒップホップ。お手軽に音楽を楽しめる。 メッセージ性はあるものの、音楽性は?がつく。そして、音楽業界の小室以降の商業主義。売れればなんでもいい。だから、すべての音楽が一時期そのジャンルに席巻される。音楽業界はつねにアンテナを張り巡らし、売れるプロデューサにつぎ込んでいく。育てるより即戦力。
クイーンに話しは戻るが、今聞いても作り手の緻密さを感じる仕上がりだな。メンバーそれぞれがほぼすべての楽器を演奏できるし、このバンドで何がやりたいのか?がはっきりしてるんだよね。それとフレディのユニセックスなところ(風貌はあきらかに男なんだけれど)。そしてバックのロングヘアーのヘヴィーさが素敵だった。今度はどのバンドを聞こうかな?