コンサートを聴きにいらしてくださった方、今日は本当にありがとうございました。
卒業という大きな節目に、東京でリサイタルを開催することができてよかったです。
今日のブログでは、コンサート中に話せなかった思いやこれからのことについて綴ってみようと思います。
プログラムに込めた意味
そもそも、単位認定のための卒業リサイタルには楽器ごとにゆるい曲目の規定があり、それに沿ったものを選ぶ必要がありました。
・50分のプログラム
・4曲以上演奏
・ソナタと現代曲以外は暗譜
・1950年以降に作曲された作品を入れること
バチェラー(学士課程)のヴァイオリン科はこんな感じの規定でした。マスターになるとほとんど自由に曲目やテーマを決められますが、50分のリサイタルが2回ありその平均点で成績が決まります。
選曲について私の先生は、好きな曲を弾けばいいよとしかアドバイスをもらえなかったので、大枠は早々に決まりつつも本番の数ヶ月前に別の曲に変更するなど、かなり試行錯誤して選びました。バチェラーの生徒はテーマを決める必要はありませんが、個人的には「起承転結と喜怒哀楽」があって5曲で一つの作品のようにしたいなと考えていました。
起:バッハ
承:ベートーヴェン、ショーソン
転:黛敏郎
結:フバイ
喜:バッハ
怒:ベートーヴェン
哀:ショーソン
楽:黛敏郎、フバイ
3年間、嬉しいことも胸糞悪いこともたくさん経験してきたものを今の自分の技量で表現できそうなこと、背伸びはしすぎない等身大でいつつ技巧的な曲も組み込むことを念頭に選定しました。どの曲も数ヶ月弾いていて飽きることなく向き合えた作品ばかりで、飽き性の私にしては珍しかったかもしれません。また日本人の作曲家の作品は弾きたかったので、論文のテーマとして選んだ曲である黛の作品もレパートリーに組み込みました。これからは日本人作曲家を作品を自分のレパートリーにしてヨーロッパで演奏できたらいいなと思います。
ちなみに武満徹はヨーロッパ(特にフランス語圏)で有名なので、日本人作曲家=武満という公式が出来上がりがちですが、伊福部や團、細川などまだ海外では認知されていない曲も弾いていきたいですね。
Prof. Gyula との出会い
スイスで勉強するきっかけになったのは2022年の夏に出会った私の先生、Prof. Gyula Stullerです。
彼はローザンヌ室内管弦楽団(OCL)のコンサートマスターを長年務め、私が入学する前のシーズンで引退して、今は教授業に専念しています。ローザンヌの音大は65歳が定年なので、教えることもあと数年といったところだそうです。
たまたまインターネットの検索に出てきたマスタークラスに、ローザンヌで教えている先生がいることを見つけ、オーケストラや室内楽、ソロなど多方面で演奏活動をしている人ということを知り、レッスンを受けてみたいと思いました。実際に会ってみると、物腰柔らかで落ち着いた人でした。その当時、私は音高を卒業してこのまま周りの人たちと同じように大学に行くのは嫌だ、環境を変えて海外で勉強してみたいと考えていたところでしたが、母が早期の海外留学は反対していることもあり(安全面や人間面で)、親に安心してもらうためにもあまり治安の悪いところは選びたくないと思っていました。できる限り大き過ぎない都市で腰を落ち着けて3年間勉強して、大学卒業したいと。
スイスは物価が高い分、周辺国に比べて治安は良くて、住んでいる人たちも良い賃金をもらっているのか行動に余裕があり、マスタークラスで初めて行った時から「ここなら勉強できそうかも」と感じていました。
レッスンでは私の足りない基礎の部分や、弾く姿勢の改善に重点が置かれていました。長い間コンサートマスターとして弾いていたため、経験も知識も豊富で、毎回のレッスンで得られる情報も多く、私のメンタル面の悩みや本番で緊張した時に出る癖の相談にも親切に教えてくれました。
今が転換期
出会って4年、彼の門下生として勉強して3年が経ち、そろそろ他の先生のところで勉強したいと考え始めたのがバチェラー3年の時です。もともと、マスタークラスや特別レッスンを受けにヨーロッパ諸国に行く私に対して、難癖をつけられることもなく送り出してもらっていたことは本当に感謝しています。でも、もう1段、2段上に行きたい私と退官間近の先生の体力に差を感じるようになりました。そこで思い立ったのが、ドイツに行ってみるかということです。高校2年の時の選択授業でドイツ語ではなくフランス語を選んだ私にとって、最初の留学先はフランス語圏しか見ていませんでした。フランス、ベルギー、スイスですね。ドイツはあまり眼中になく、勉強することもないだろうと思っていましたが、いざスイスで勉強してみると国ごとの教育システムとカリキュラムの違いを感じました。ドイツはオーケストラが強くて、学校でもバチェラーの時からオーケストラスタディ(通称:オケスタ)という授業があります。その一方でフランス語圏(この場合はスイス)は、オケスタの授業がなく初見が中心。将来フランス語圏のオケで働きたいと思っていても、入団試験にはオケスタが絶対についてくるので、どうなるかわからないにせよ、ドイツで勉強した方が良いのではないだろうかと考えました。
そんな時に知ったのがエラスムス交換留学制度。半年から1年の間、ローザンヌに在籍したまま別の国の学校で勉強ができるという、なんとも便利なシステムです。試験に合格して受け入れてもらえることになったら、旅行補助や奨学金ももらえ、住宅探しも手伝ってくれるようです。一年後、ローザンヌに帰りたいと思ったら帰れる権利は持ちつつ、ドイツに残りたいと思えばそのまま入試を受けて新しい勉強をスタートさせられる、日本にいたらできない特別な経験ができる年になりそうです。
忘れられない二つの喪失
この3年間を振り返ると真っ先に思い浮かぶのが2人の死。
あまりSNSに書くこともありませんでしたが、高校卒業後すぐに海の事故で亡くなった父とその1週間半後に亡くなった祖父です。父にも祖父にも私が大学卒業したことは見てもらいたかったですし、今でも会えるなら会いたいと切実に思います。特に父は、あの時何があったのか語ることもなく逝ってしまったので、首根っこ掴んで聞きたいくらいです。スイスで暮らしている時も、父がいたらいいなと何度思ったことか。
この感情が今の私の原動力とまでは言えませんが、綺麗事を並べると、音楽が私を慰めてくれているとも言えます。この年齢では知らなくてもよかった感情を知り、それを表現する方法を私が持っていてよかったなと思います。
それでも、還暦も迎えずに死んだ父とその周りにいた仲間を許せない気持ちは時々湧き上がってきます。
ちょっと遠い未来を眺める
「何者かになりたい」
これは今の私が考えていることです。演奏家?オケマン?室内楽奏者?音楽以外の業界に行く?
決めるのはもう少し先の未来ですが、靄がかかっている枝分かれした道を今は少し遠くから眺めています。あっちもいいな、こっちに行ってみたいとまだ方針転換や軌道修正ができるところに立っていると思うので、さまざまな業界を覗いて見定めていきたいです。ヴァイオリンをやっているとつい就職先はオーケストラしかない(特にヨーロッパに留まりたい場合はビザが取れるか否かが生命線なので)、と先走っている人を見かけますが、今はマルチで活動している人や音大出身ではない音楽家もいる時代。私も演奏以外のスキルを身につけられたらいいなと密かに考えているところです。
今回、初めて私の演奏を聴いてくださった方や数年ぶりに聴きにいらして下さった方が多いと思います。これからは少しずつ日本での演奏会も企画していきたいと考えているので、その際はまたお会いできると嬉しいです。
改めてありがとうございました!
2026年6月 ゴルナーグラートから見えるマッターホルン⛰️