ヴァイオリンの練習や日々のやるべきことを一旦放棄して、この3日間はスイスからドイツへの引っ越し作業に全振りした生活をしています。


昨年の8月中旬はジュネーブからローザンヌへの引っ越し作業で、1日2往復を3日間継続して荷物の移動が終わりました。しかし今回は片道6時間かかる電車旅。1日2往復はおろか、日帰りでさえちょっとキツイ作業。それでも姉の家で一泊しながら作業するのは時間も体力も無駄なので、荷物を置いて1日で往復することにしました。


朝は4時起きで始発の電車で出発。フランクフルトに11時過ぎに到着し、姉の家まで約20分。そこから荷物を下ろしてサクッと持ってきたor姉が作ってくれたお弁当を食べて再出発。電車を乗り継いでローザンヌに帰ってくるのは19時頃です。


1日目は帰りの電車が遅延して、さらに電車がただ駅に立ち寄っただけで扉を開けずに出発してしまうというハプニングがあり、予定の1時間半遅れで帰宅しました。こんなことある⁉︎ということが起こっているのがドイツ鉄道です。扉を開けずに出発した時は流石にキレそうでした…。


2日目は順調に出発して、帰りも予定通り帰宅。19時前には帰ってこれたので、下の階の夫婦にキッチンを占領されないために早めに夕食。翌日のパッキングをして早めに就寝しました。


そして3日目の今日。まさかの寝坊💦

4時10分に起きるつもりが目覚ましが鳴らず、気がついたら6時50分!!えーーー!!

慌てて電車を調べ直して20分で準備して、予定の2時間遅れで出発しました。緊張して2時50分に起きていたのに、そのあとに安心したのか爆睡して2時間40分の寝坊…。電車のチケットも変更ができないものをとっていたので取り直し、朝に最終確認をしようと思っていたことを省略して、とにかく家を出る。


一人暮らしで寝坊したことは片手で数えられる程度ですが、今回の原因はApple Watch(と自分)です。今夏の一時帰国の際にフィットビットからApple Watchにアップグレードして新しく買ったのですが、使い方がどうも覚えられず、振動が鳴らない。やっと姉から操作方法を教えてもらったにも関わらず、手首が震えることに慣れず、通知が来るたびにびっくりしていたので、一旦オフにしたばかりでした。

まぁ自分のせいですね💦

あと、少しの油断が招いたことだと思います。きっと寝坊したのが2日目だったらもっと焦っていたと思うし、荷物の少ない3日目でまだ良かったかなと思っています。それにしても、この引越し作業が終わったらハンバーガーを食べにいこう!と思っていたのですが、ちょっと後味の悪い日になってしまいました。さて、今夜はどうしようかなぁ。



この引越し作業において、とてもありがたいのが姉の家です。彼女は3年間フランクフルトにいて、9月からも引っ越しの予定がないため、私の荷物を置かせてもらっています。9月からは私は寮に入るのですが、ローザンヌとフランクフルトの家賃が重複することなくスムーズに移行できるので、とても助かっています。そして荷物を運ぶ1回分は手伝ってもらったので、少し楽でした。


おそらくまた1年後もどこかに引越しするので、それまでにはもう少し増えた楽譜や洋服を整理して、身軽に移動したいです。




電車で食べるシンプルお弁当。


今回の一時帰国は普段より長めに日本にいるせいか、だんだんと日本の嫌なところが目につくようになってきた。


一席を巡る争い。


今週は藝大のセミナーに参加するために、朝8時前に家を出て21時頃帰宅するという大学生のような生活をしているのだが、2日目にしてすでに疲れ始めている。もちろん、セミナーの内容が濃くてついていくのに必死ということもあるが、それ以上に疲れるのが往復の電車。

朝は通勤列車で夜は退勤列車に1時間半くらい揺られているのが、ふと周りを見渡すと色々な人がいる。

残念ながら目につくのは「残念な人」ばかりなのだが、特に椅子に座りたくてうずうずしている人を見るとさらにガッカリする。もちろん疲れていて一刻も早く休みたいというのもわかる。扉が開いた瞬間に両側の扉から一つの席を目掛けてぶつかりながら走り込んでくる男2人。それを隣の席に座っていた私は見ていてギョッとした。1人は会社員らしき人。もう1人はツナギを着た太った人。2人がぶつかって睨み合っている様子に私は目を合わせないようにすることしかできなかった。そして席取り合戦に負けたツナギ男は立ちはだかるかのように会社員の前に立ち続け、私が席を立った瞬間に私の席に座った。

私はせいぜい2人を睨みつけながら電車を降りるしかなかった。


別の日には杖をついたおじいさんとおばあさんが乗ってきた。私はたまたま座っていたので、おじいさんを見た瞬間に席を立って譲ったのだが、「まーた親切な人に出会った!」と言われ、周りから注目を浴びた。冷たい視線じゃなかったからよかったけれど、おじいさんが降りる際にもありがとうねと言われることでさらに注目されて、なぜか親切なことをした私が恥ずかしい思いをすることがあった。それだけ譲らない人が多いのだろう。おばあさんは譲られることもなく立っていたのだから。


私の実家の最寄りの路線は乗車率100%を超える混雑電車なのだが、あまり利用客層がよろしくないのがとても残念なところである。


そして昔から日本の電車内では盗撮や痴漢があるものとして周知され、今でもその被害が根強く残っている。スイスの電車は日本より本数も路線数も少なく、とても混む時間帯もあるけれど、乗らなかったら次を待とう精神で生きている。もちろん、日本の定時運行や確実な電車賃徴収には頭が下がるが、利用客はいただけない。赤の他人をいいことに突っかかってきたり、意地悪をする。

スイスではお年寄りに席を譲ったら感謝されて、そこから派生して自分のことを話したり、その場限りの人だけれど楽しくおしゃべりすることもある。電車内は話してはいけない場所ではなく、それぞれが適度に快適に過ごす場所として成り立っているところが好きだ。(スイスの電車は他のヨーロッパの電車よりは静かです)


それに比べて日本。

席取り合戦をやって何が楽しい?

日本に住んでいる日本人自ら品格を下げるようなことをしないで欲しいと切に願う…。







一方通行の講義の仕方は日本らしいと思ってしまう…。結論を先に言わない講義は出口がわからずただ右往左往するだけ…。


9月からドイツに引越しをしてドイツ語の環境下になるのですが、今から不安がないかと聞かれると、そういうわけでもありません。

 

フランス語を初めて6年目、スイス生活は丸三年経験してきて、少しずつフランス人やスイス人との会話にも慣れてきました。英語と大きく違うところは、ネイティブと話すかそうではないかというところです。英語は世界共通言語ということもあり、どの国の人たちもカタコトからほぼネイティブまでレベルはさまざまですが、誰でも話します。逆にイギリス人やアメリカ人と出会うことが少ないので、それ以外の人たちは外国語として話しているので、言い回しが正確ではなかったりアクセントが正しくなくても伝われば良い精神で話しています。

フランス語は初めからネイティブと話す前提で勉強していたし、順を追って学んでいたわけではないので、思わぬところでつまづいたり、私の場合は雑談が苦手で音楽の専門的な話をする方が得意だったりします。リハーサルやレッスンは英語よりフランス語の方が楽で、メールもフランス語の方がありがたい。逆に英語は初対面の人と簡単な話をする時やフランス語の単語が詰まった時に説明したりする時に使います。スイスに住んで間もない頃は、英語中心に話していましたが、ある時を境にフランス語へギュンと方向転換しました。一緒に住んでいた人から「フランス語を話さないから上達しないんだよ」と言われたことをきっかけに、フランス語で会話しなければならないと思うようになりました。それがいつしか呪縛のようになって、英語を話してはいけないと考えるようになってしまったのです。しかし、そこの家を出て今の家に越してきた時に、大家さんの娘がアメリカとスイスのハーフの人で、英語もフランス語もネイティブということを知り、肩の荷が下りました。フランス語が詰まったら英語に切り替えればいいし、それが自然とまたフランス語に戻っている時もある。同年代と話す時は言語の壁をお互い感じず話せるのが楽です。(もちろんネイティブには手加減してもらっているし、はてなマークばかりで何の話題を話しているかわからない時も多々ありますが笑)


言語に強いこだわりは持たないようにしています。

ホームステイをしていた時は、今日は日本語を話さなかった日だとか英語を使ったなとか考える時もありましたが、今は別に何語でもいい。

英語からフランス語の切り替えは得意で、フランス語から英語は単語をド忘れして不得意、ということはありますが、それも全体的な言語能力が上がれば必然的に慣れてくるだろうと思っています。


ドイツ語に関しては、なーんにも知らない素人ですが、耳を頼りに勉強しようかと思っています。私は五感の中で聴覚と嗅覚が強いなぁと自負していて、言語学習で必要なアクセントの聞き取りは得意です。ドイツ語ってこういう発音で抑揚の付け方だよね、ということは小さい頃から両親の影響もあって知っているので、あとは単語と文法ですね。

9月は時間があるので勉強を始めてみようと思います。





六月に母がスイスとドイツに来てくれたのですが、たまたま私もフランクフルトに行く用事があり、3人で会うことができました。奇跡!!


コンサートが終わり、早いもので1週間が経ちました。

私の本格的な夏休みが始まりました。

先週は久しぶりにプールに行ったり、母と名古屋に旅行に行ったり、遊園地に行ったりと遊び三昧の1週間を過ごしました。



想像以上のお客様に来ていただいた先日のリサイタル。当日に語らなかったことを少しだけ共有します。


そもそも今回はヴァイオリニストでもある母からの提案で決まったコンサートでした。会場のベーゼンドルファーのショールームのあるB-tech Japanは、母が毎年12月に開催しているリサイタルのリハーサルによく使っていて、いつかコンサートとしても使いたいなと考えていたそうです。

私は3年前に自主開催で二子玉川にあるサロンを使わせていただいて、今回もそこにしようかと思いましたが、残念ながらなくなってしまったそうです。

初めてのコンサートなので、どのくらいの方が来てくださるかもわからず、とりあえず25-30人ほど入るキャパのホールを選んだのですが、当日は36名の方にいらしていただきました。



チケットはteketを採用しました。

チケット仲介サイトを使うと手数料がかかってしまい、自主企画のコンサートの場合はその手数料が痛い…💦

teketでチケットを0円で予約していただき、当日精算する形にしました。結果的には手数料を引かれた収益になったとしても、teketで決済を終わらせておいた方が受付の方の手間が省けたかなと思いました…。反省!!



フライヤーやプログラムは自分で作りました。

ちまちまとミリ単位で調整したり、デザインを考えたりするのが好きなので、個人的には気に入っています。今回のコンサートのイメージカラーは紫。紫といっても薄いのから濃いのまで様々ですが、ローザンヌの大学のロゴの背景にある紫の色をイメージしました。


↓ロゴは著作権がよくわからなかったので、卒業式の時のものを。スライドの背景の色が学校のイメージカラーのようなものです。



また、フライヤーやプログラムの背景にある写真は私が撮ったものです。フライヤーの写真は私の住んでいる街の湖畔から見えるレマン湖。奥の山はフランスのアルプスへと続いています。

プログラムは、昨年10月にマッターホルンを見に行った際に撮ったもの。今年の6月にも母と行ったのですが、その時より雪が多くてスイスぽいな!と思ったので、そちらを採用しました。


↓6月のマッターホルン

高山植物がたくさん咲いていて、暑すぎずハイキング日和でした。逆さマッターホルンを撮りたかったのに、池で飛び石遊びをしている人がいて撮れなかった🥲


プログラムの内容は曲目解説を書こうと考えましたが、コンサートの目的が卒業報告でもあるので、私が3年間やってきたことをまとめてみました。書ききれない細かいこともありましたが、今回はヴァイオリンでやったことを中心に書いてみたものの意外と多くなってびっくりでした。



今回は特に衣装に関してお褒めいただくことが多くて嬉しかったです。着用した着物ドレスは黒留袖をリメイクしたものです。ローザンヌの卒業リサイタルでは日本らしいものを着たいと考えていて、どこのメーカーにしようかずっと前から悩んでいました。最終的に« 季縁 » さんにお願いしました。母や祖母の着物を持ち込んでリメイクしてもらおうかとも考えましたが黒留袖がなく、ドレスとして1番使い回しのしやすいものは黒なので、お店が候補で出していただいたものから選びました。

私はホルターネックを選びましたが、ワンショルダーやオールインワンなど様々な形があって、とても悩みました🤭



↓季縁さんのInstagram


https://www.instagram.com/kien_kimonodress?igsh=ZjFuenBmeGxrYWZl



↓ワンショルダーの試着

左肩が開いていたので、楽器が当たることもなさそうでした。同じ黒のワンショルダーはすでに持っているので、ホルターネックに軍配が上がりました





着物ドレスに対する反応は、さすが日本の方が良かったです。ローザンヌの方では日本人の友人には素敵!と言われましたが、ヨーロッパ人はなんかすごい!というような反応でした笑



リサイタルは始まる前はドキドキでしたが、弾き終わってみると、またやりたいなぁと思っています。次はソナタ全楽章がいい、とか会場はどこにしようかなと想像したり。1年間ドイツで勉強して、今年よりもさらにパワーアップした私をお見せできるように頑張りたいですね。





素敵なお花とお菓子をありがとうございました!


コンサートを聴きにいらしてくださった方、今日は本当にありがとうございました。

卒業という大きな節目に、東京でリサイタルを開催することができてよかったです。

今日のブログでは、コンサート中に話せなかった思いやこれからのことについて綴ってみようと思います。

 

 

 

プログラムに込めた意味

そもそも、単位認定のための卒業リサイタルには楽器ごとにゆるい曲目の規定があり、それに沿ったものを選ぶ必要がありました。
 
・50分のプログラム
・4曲以上演奏
・ソナタと現代曲以外は暗譜
・1950年以降に作曲された作品を入れること
 
バチェラー(学士課程)のヴァイオリン科はこんな感じの規定でした。マスターになるとほとんど自由に曲目やテーマを決められますが、50分のリサイタルが2回ありその平均点で成績が決まります。
選曲について私の先生は、好きな曲を弾けばいいよとしかアドバイスをもらえなかったので、大枠は早々に決まりつつも本番の数ヶ月前に別の曲に変更するなど、かなり試行錯誤して選びました。バチェラーの生徒はテーマを決める必要はありませんが、個人的には「起承転結と喜怒哀楽」があって5曲で一つの作品のようにしたいなと考えていました。
起:バッハ
承:ベートーヴェン、ショーソン
転:黛敏郎
結:フバイ
 
喜:バッハ
怒:ベートーヴェン
哀:ショーソン
楽:黛敏郎、フバイ
 
3年間、嬉しいことも胸糞悪いこともたくさん経験してきたものを今の自分の技量で表現できそうなこと、背伸びはしすぎない等身大でいつつ技巧的な曲も組み込むことを念頭に選定しました。どの曲も数ヶ月弾いていて飽きることなく向き合えた作品ばかりで、飽き性の私にしては珍しかったかもしれません。また日本人の作曲家の作品は弾きたかったので、論文のテーマとして選んだ曲である黛の作品もレパートリーに組み込みました。これからは日本人作曲家を作品を自分のレパートリーにしてヨーロッパで演奏できたらいいなと思います。
ちなみに武満徹はヨーロッパ(特にフランス語圏)で有名なので、日本人作曲家=武満という公式が出来上がりがちですが、伊福部や團、細川などまだ海外では認知されていない曲も弾いていきたいですね。
 

Prof. Gyula との出会い

スイスで勉強するきっかけになったのは2022年の夏に出会った私の先生、Prof. Gyula Stullerです。
彼はローザンヌ室内管弦楽団(OCL)のコンサートマスターを長年務め、私が入学する前のシーズンで引退して、今は教授業に専念しています。ローザンヌの音大は65歳が定年なので、教えることもあと数年といったところだそうです。
たまたまインターネットの検索に出てきたマスタークラスに、ローザンヌで教えている先生がいることを見つけ、オーケストラや室内楽、ソロなど多方面で演奏活動をしている人ということを知り、レッスンを受けてみたいと思いました。実際に会ってみると、物腰柔らかで落ち着いた人でした。その当時、私は音高を卒業してこのまま周りの人たちと同じように大学に行くのは嫌だ、環境を変えて海外で勉強してみたいと考えていたところでしたが、母が早期の海外留学は反対していることもあり(安全面や人間面で)、親に安心してもらうためにもあまり治安の悪いところは選びたくないと思っていました。できる限り大き過ぎない都市で腰を落ち着けて3年間勉強して、大学卒業したいと。
スイスは物価が高い分、周辺国に比べて治安は良くて、住んでいる人たちも良い賃金をもらっているのか行動に余裕があり、マスタークラスで初めて行った時から「ここなら勉強できそうかも」と感じていました。
レッスンでは私の足りない基礎の部分や、弾く姿勢の改善に重点が置かれていました。長い間コンサートマスターとして弾いていたため、経験も知識も豊富で、毎回のレッスンで得られる情報も多く、私のメンタル面の悩みや本番で緊張した時に出る癖の相談にも親切に教えてくれました。
 
 

2023年7月 スイス•ビエンヌにて

 

 

 

今が転換期

出会って4年、彼の門下生として勉強して3年が経ち、そろそろ他の先生のところで勉強したいと考え始めたのがバチェラー3年の時です。もともと、マスタークラスや特別レッスンを受けにヨーロッパ諸国に行く私に対して、難癖をつけられることもなく送り出してもらっていたことは本当に感謝しています。でも、もう1段、2段上に行きたい私と退官間近の先生の体力に差を感じるようになりました。そこで思い立ったのが、ドイツに行ってみるかということです。高校2年の時の選択授業でドイツ語ではなくフランス語を選んだ私にとって、最初の留学先はフランス語圏しか見ていませんでした。フランス、ベルギー、スイスですね。ドイツはあまり眼中になく、勉強することもないだろうと思っていましたが、いざスイスで勉強してみると国ごとの教育システムとカリキュラムの違いを感じました。ドイツはオーケストラが強くて、学校でもバチェラーの時からオーケストラスタディ(通称:オケスタ)という授業があります。その一方でフランス語圏(この場合はスイス)は、オケスタの授業がなく初見が中心。将来フランス語圏のオケで働きたいと思っていても、入団試験にはオケスタが絶対についてくるので、どうなるかわからないにせよ、ドイツで勉強した方が良いのではないだろうかと考えました。
そんな時に知ったのがエラスムス交換留学制度。半年から1年の間、ローザンヌに在籍したまま別の国の学校で勉強ができるという、なんとも便利なシステムです。試験に合格して受け入れてもらえることになったら、旅行補助や奨学金ももらえ、住宅探しも手伝ってくれるようです。一年後、ローザンヌに帰りたいと思ったら帰れる権利は持ちつつ、ドイツに残りたいと思えばそのまま入試を受けて新しい勉強をスタートさせられる、日本にいたらできない特別な経験ができる年になりそうです。
 
 

2026年5月 ドイツのマスタークラスにて

 

 

忘れられない二つの喪失

この3年間を振り返ると真っ先に思い浮かぶのが2人の死。
あまりSNSに書くこともありませんでしたが、高校卒業後すぐに海の事故で亡くなった父とその1週間半後に亡くなった祖父です。父にも祖父にも私が大学卒業したことは見てもらいたかったですし、今でも会えるなら会いたいと切実に思います。特に父は、あの時何があったのか語ることもなく逝ってしまったので、首根っこ掴んで聞きたいくらいです。スイスで暮らしている時も、父がいたらいいなと何度思ったことか。
この感情が今の私の原動力とまでは言えませんが、綺麗事を並べると、音楽が私を慰めてくれているとも言えます。この年齢では知らなくてもよかった感情を知り、それを表現する方法を私が持っていてよかったなと思います。
それでも、還暦も迎えずに死んだ父とその周りにいた仲間を許せない気持ちは時々湧き上がってきます。
 

ちょっと遠い未来を眺める

「何者かになりたい」
これは今の私が考えていることです。演奏家?オケマン?室内楽奏者?音楽以外の業界に行く?
決めるのはもう少し先の未来ですが、靄がかかっている枝分かれした道を今は少し遠くから眺めています。あっちもいいな、こっちに行ってみたいとまだ方針転換や軌道修正ができるところに立っていると思うので、さまざまな業界を覗いて見定めていきたいです。ヴァイオリンをやっているとつい就職先はオーケストラしかない(特にヨーロッパに留まりたい場合はビザが取れるか否かが生命線なので)、と先走っている人を見かけますが、今はマルチで活動している人や音大出身ではない音楽家もいる時代。私も演奏以外のスキルを身につけられたらいいなと密かに考えているところです。
 
 
 
今回、初めて私の演奏を聴いてくださった方や数年ぶりに聴きにいらして下さった方が多いと思います。これからは少しずつ日本での演奏会も企画していきたいと考えているので、その際はまたお会いできると嬉しいです。
改めてありがとうございました!
 
 

2026年6月 ゴルナーグラートから見えるマッターホルン⛰️

 

 

6月末にローザンヌで卒業式がありました。

 

中東情勢の悪化による飛行機代の高騰により、できるなら卒業リサイタルや諸々の試験を終えてすぐに日本に帰ってしまおうかなとも考えていましたが、下旬の卒業式は出ておきたいなと思っていました。なんせ、3年間やってきたことを認めてもらえる貴重な機会ですからね。

出欠は自由でしたが、出席者は一人ひとりディレクターから名前を呼んでもらって舞台上に上がり、ディプロマをもらうことができました。バチェラーとマスター、ローザンヌの他にシオンやフリブールで勉強している学生が集まり、みんなで卒業をお祝いする楽しい会でした。

 

嬉々とした人がいる反面、卒業式でディプロマをもらうことができなかった人も複数いるようです。

私の隣に住むフランス人は、卒業後はドイツで勉強したいと考えていたのですが、卒業リサイタルと入試が重なってしまったようです。入試はどうしても受けに行きたかったらしく、学校側と協議をして9月に追試をすることにしたと言っていました。そのため、卒業単位が取りきれていないからディプロムはまだもらえず…。入試の結果はまだ聞けていないので、8月にスイスに帰ったらこっそり聞いてみようかなと思っています。彼女とはバチェラー3年目で初めて知り合った人でいたが、1年間近くで暮らしていたのでとても仲良くなれました。希望のドイツの学校も私と近いところだったので、卒業後もどこかでまた会えたらいいなと思っています。

 

他にも座学の単位が取りきれず、バチェラー4年目をすることにしたチェロの友人もいます。

本来、私の大学は3年でさっさと追い出されるので4年間バチェラーで勉強することはできないのですが、持病があることも考慮されて認められたようです。卒業リサイタルは今年に終わらせているので、来年は座学だけ頑張るよ!と張り切っていました笑

 

個人に合わせた学校側の柔軟な対応をしてくれる事務局に、私自身も助けられました。

フランス語が理解できなくて音楽史の授業についていけなかった時に教育マネージャーに相談したら、翌年に履修できるよと変更してもらったり、室内楽のコンサートの場所が見つからない時には外部団体と連絡をとってくれたりなど、手厚いサポートがありました。

 

残念ながら日本の音高時代は、事務局の役所のような対応に辟易することが多々あり、担任の先生にも1週間に一度しか会う機会がなく、相談相手が乏しかったのですが、ローザンヌでは学生全員の名前をほぼ覚えている教育マネージャーが親切に対応してくれます。

 

これから先の新しい学校ではどんな雰囲気なのか、今から楽しみです。



ローザンヌで3年間勉強した人たち


 




卒業式の始まりはファゴット8人とドラマによるABBAメドレーからスタートしました笑


連日ヨーロッパは熱波に見舞われ、暑い日々を送っています。

「今日はフランスで38度を観測しました!」とか「パリが40度になりました!」とニュースになっていますが、隣国のスイスも十分暑いのです。日本のYahooを見ているとヨーロッパ=フランスみたく報道されていて、ちょっと不満な横浜出身の私です。日本も関東地方が猛暑日を迎えた日に、横浜も同じくらい暑かったのに東京ばかりフォーカスされていると、「こっちも暑いよー!」とテレビに向かって叫びたくなります。

 

私のスイスの家は屋根裏部屋。そして北側に上に突き出すような窓があるだけなので、風が通らない。5月末に慌てて買った小さい扇風機を一日中回して頑張ってもらっていますが、熱風が回っているだけで涼しさは感じず、さらに練習するときは窓を閉めているのでとにかく暑い。3-4時間の練習は暑くてできなくなりました。私の部屋を出た正面の南側にお風呂場があるので、隣の部屋の友人がいない日中は扉を全開にして、風が行き渡るようにしています。それでもヨーロッパの家は暑くなりづらいけれど、一度暑くなってしまうと熱がこもるので暑い。外はは紫外線が強く、ジリジリと皮膚を焦がしていきます。

夜は少しだけ気温が下がるけれどそれでも暑いので、窓は全開にして扇風機で風を回しながら寝ていますが、眠りは浅くあまり寝た気がしません。さらに窓を開けていると朝7時に隣の教会の鐘が鳴るので、目覚ましのように起こされます。睡眠不足は否めませんが、あと数日で日本に一時帰国するので、我慢。今は日本のほうが涼しいようですが、真夏は湿気を含んでもっと暑いと思うので、覚悟して帰ります。

 

今年の夏は1ヶ月半ほど日本に滞在します。その間にリサイタルや母と旅行に行ったり、気になっていたセミナーを受けたり盛りだくさんの予定があるので楽しみです。今夏はマスタークラスの予定を一つも入れていないので、卒業のために頑張った自分を労わりながらエアコンの下でゆっくり過ごそうと思います。




増本響香 卒業リサイタル in Tokyo

🗓️ 2026年7月12日 (日)

⏰ 14:30 開場 / 15:00 開演

📍 B-tech Japan Tokyo

〒105-0001 東京都港区虎ノ門1-1-3 磯村ビル1階

東京メトロ虎ノ門駅出口7番より徒歩1分




チケットのお申し込みと詳細はこちら↓


https://teket.jp/17958/68052



残り数席です!

もしお時間ありましたら、いらしてください。



大学3年の必修科目の一つに現代音楽史の授業がありました。

3人の先生がそれぞれのテーマに沿って半年間の授業をして、残りの半年は最終試験に向けたディスカッションの授業でした。

 

私が選んだ先生は、ヴァーレーズからブーレーズを通り、クランブまでを一回の授業で1人の作曲家に焦点を当てて、作曲家の人生や作曲技法を学ぶ授業でした。なかなかハードな中間試験が2回あり、曲の一部分を聴いて作曲家と作品名を答えるというもの。80-90曲のうち30曲が試験に出されました。いつもテスト勉強が間に合わず、2回とも及第点ギリギリの点数でした…笑

 

最終試験は曲のアナリーゼのプレゼンテーションか、4分以上の無調の曲を作曲するというもの。自分で好きな20-21世紀の作曲家を選び、参考にしながら仕上げて行くものでした。週に1回、先生と2人で自分の作った作品についてディスカッションをしながら試験に備えていくもので、1週間の間に何かしら進展がないと気まずい時間になってしまうドキドキ感。毎回、授業の前日に深夜まで作業をして当日になんとかこぎつける、危ない綱渡りをしていました笑

 

私は即興はあまり得意ではなく、作曲の知識も何もなかったので、どうやって課題を仕上げるか、どんな構造の曲にするか考えることに時間を費やしました。

たどり着いた手法はミュージックコンクレートです。20世紀中盤で主にフランスで流行した作曲技法で、世の中に溢れている身近な音を採取し、それらを切り貼りして(当時は実際にテープを切っていました)新しい音として再構築するものです。

ミュージックコンクレートを通して、表現してみたいアイディアは意外にもポンポン出てきて、例えば泳いでいる時に自分の耳に聞こえている音を4分間で表現したいだとか、人間がだす自然な音がだんだんと機械やAI、仮想の世界に巻き込まれていく様を表したいとか。でも、イメージはできるのにそれを再現するスキルがなくて、悔しかったです。水の中で聴こえている音って、泳ぎ方や泳ぐスピードによっても変わるし、何年も水泳をやってきているからこそ再現できるのではないかと思っていたのですが、思うようにうまくいきませんでした。

 

演奏課程で勉強していると作曲の知識を学べる機会がほとんどなく、すでに世の中に存在している作品をどう解釈するかばかりに注力してしまうため、0から1を生み出すことができないのが演奏家の残念なところです。私も演奏以外の音楽活動もできるように勉強できたらいいなと改めて感じた課題でもありました。まずは、どうやって学ぶのかすらもわからないので、ネットで調べて情報収集からしないといけないようです。

 

新しい世界を覗くには自分の知識を過信しすぎないことと情報が必要ですね。

 





無料版を使い倒した作曲アプリのGarageBand。

奥が深いのでもっと知りたいなと思いました!


 

先週の土曜日、無事に卒業リサイタルが終わりました。


入試や理論系の試験がある中でのリサイタルで、とにかく時間がなくて、弾いても弾いても自信が持てない5月と6月でしたが、始まったらあっという間の50分間でした。朝の10時からだったので、聴きにきてくれた友人は少なめでしたが、来てくれた人からは「集中力がすごかった、かっこよかった」との感想をもらいました。


色々反省会はあるけれど、初めてのプチリサイタルを弾き終えることができてよかったです。


日本から母も応援に来てくれて、リサイタル後は一緒に入試を受けに行ったり、スイス観光をしたりして楽しい1週間を過ごして今に至ります。


卒業も確定して次の進路も決まったので、来週の卒業式が楽しみです😊


また5月から6月にかけてあったことをここで記しておきたいなと思います




3年間お世話になった先生とリサイタル後にパシャリ📸





自分のアーティスト写真を使ってSNS用のチラシも作ってみました😊


昨日までの1週間、かなり無謀なスケジュールでドイツとスイスを往復する旅してきました。


まずはフランクフルトの姉の家に行き、ヴュルツブルクで弓の毛替え、シュルリッツという小さな街でマスタークラスを受け、フランクフルトで一泊して、一旦ローザンヌに帰ってきて、翌朝にはミュンヘンに行きレッスン受講ののちフランクフルトに一泊して、ジュネーブに行き、ローザンヌに帰ってくるという電車旅でした。こうやって文字で書いていても移動距離は過去一で多かったかもしれません。

 


この無謀な旅の始まりはスマホを忘れるという失態から始まりました。

余裕を持って家を出たつもりが、電車に乗った瞬間にスマホを忘れたことに気がついて、次の駅で下車。慌てて降りたものの自分の家の最寄り駅に戻る電車が30分後。スマホを持っていないのでGoogleマップで調べることもできず、電車で3分の距離なら歩けるだろうと思い、スーツケースと楽器と鞄二つを持ち、熱波で日差しの強い真昼間にサングラスも帽子もないまま葡萄畑の中をトボトボ歩きました。ずっとまっすぐ歩くだけでしたが、肩から落ちて来る鞄を直しながら本や楽譜の入った重いスーツケースを引いて歩いた30分の道のりはとても滑稽で虚しく感じました。さらに家まであと少しというところで、スーツケースに違和感。タイヤの回転が悪いなと思い確認したところ、ゴムが破けて車輪が回らなくなってしまいました。なんとか引きずって家に帰り、いつもの場所に鎮座していたスマホをもぎ取り、気を取り直して電車に飛び乗り、予定の30分遅れで電車旅がスタートしました。家にある大きいスーツケースに移し替えようかとも考えましたが、せっかくパッキングしたものを取り出す時間も気力もなく、とにかくこの旅では壊れかけたスーツケースで行こうと決断。20分遅れでフランクフルトに到着しました。

 

一瞬だけ、スマホなしでこのままいくかと頭をよぎりましたが、今の時代はスマホがないと電車のチケットもマップも見れず、途方に暮れるだけ。一駅分歩いてスーツケースが壊れましたが、30分後の電車を待ちながら立ち尽くすよりタイムロスも少なかったため、結果的には戻って良かったかなと思いました。

 

スマホを忘れることはほとんどなかったので、ちょっとショックだったし自分をさらに疲れさせることになりましたが、これが日本に帰る時の旅の始まりにならなくて良かったなと思いました…

 


ちなみにスマホにストラップをつけて首から下げられるようにすると、鞄の中でも目印になってかなり便利です。

 




ミュンヘンでレッスンが終わった後に姉とビールで乾杯😀🍻