ある日、祖父が癌になったと知らされました。
近所に住んでいるのですが、叔母さんが怖くてあまり会いに行けていませんでした。
叔母は祖母の介護を1人で行っています。
本当に大変だと思うし、叔母さんはペースメーカー入れてたり、障がい者手帳も持っていて、ただでさえ1人で大変なのに、首の骨を折ってから認知症が酷くなった祖母を面倒見ています。しかも、ペースメーカーはとっくに変えなければいけない時期なのに、まだ変えられていません。
姉である母は、父の祖父母と同居しており、仕事も掛け持ちだし家事もあるしで、年中無休で起きているときはいつも働いており、なかなか叔母のところに手伝いに行けませんでした。
もともと不仲のようだったのですが、母は介護から逃げている、と叔母が強烈に母を恨むようになってしまいました。
叔母さんは精神科にこそ行ってないものの、確実にうつ病です。多分うつ病だけではないと思います。しかもかなり重く、今すぐ入院した方がいいレベルの、2〜3年では治らない重さだと思います。治るのに、10年以上かかると思います。
母親である祖母の愛情を独り占めしたい、小さい頃の愛情飢餓が今になって凄まじく表面化してきており、父が何度話し合っても何度病院を勧めてもダメだったと言っていました。
祖父と祖母は仲が悪く、健康な時からいつもケンカばかりしていました。祖父が体調不良を訴えても、叔母は病院に連れて行かなかったようなのです。
その後、祖父の癌が見つかり、いよいよ家庭もぐちゃぐちゃ、叔母さんが母に向ける怨念が凄まじいものになってしまい、祖父の入院も母が手続きをする予定だったのですが、祖父を母に取られると思ったのでしょう、知らない病院に入院させられてしまって、お見舞いにも行けなくなってしまいました。
何で家族で憎んだり恨んだりしなければならないのだろう、強烈に虚しく悲しくなりました。
きっと、うつ病だった頃の私は、この現実を受け止めきれず、また自分を責め続け、この家系に生まれたことを後悔し、希死念願望に苛まれていたと思います。
しかし、うつ病を乗り越えた今だからこそ、自分はこの現状に対して無力なことを認めてあげられるし、力が及ばないとこも仕方がないと思えるようになりました。
私はこの両親の、家庭の、こういった負の連鎖を断ち切るために生まれてきたんだ、最近はそう強く思うようになりました。
誰かが負の連鎖を終わらせて、この家系に幸せを運んでくるんだ、それが私がこの世に生まれてきた一つの理由なのかもしれない、そう思って強く逞しく生きようと決めました。
1日でも早く祖父の癌が良くなり、1日でも早く祖母の認知症が良くなり、1日でも早く叔母さんの母に対する恨み辛み妬み嫉み僻みが消えて、心身共に皆が健やかに過ごせますよう。
小さい時とても優しかった叔母さん、お菓子づくりをよく、一緒にしてくれました。楽しかった良い思い出だけそっと胸に秘めて、早く良くなるようにお祈りする日々です。