大山に登って、うつ病を本当に治したいと思い始めてから、今までは時々しか行かなかった神社仏閣によく行くようになりました。
今までうつ病で寝たきりで、生きる幸せを感じることを忘れていました。
大学も授業休んで、周りがキラキラ輝いた青春時代を過ごしている中、私は毎日布団の中で必死に希死念願望と戦っていました。
毎日この家に生まれたことを、ただただ後悔して憎しみの念さえ抱いていました。
就職活動シーズンにうつ病になり、焦る気持ちばかりが募って行き、いよいよ自殺未遂までしました。
しかし、見知らぬ鰻屋さんのおじさんとおばさんに助けられて、一命を取り留めました。
大山に登っているとき、こんな私でもまだ足が自由に動かせる、それがきっかけでもっと健康に、
「生きたい」
そう思いました。
それから、どうやったら神様に恩返しが出来るのだろうと考えました。
特定の宗教を信じているわけではありません。他人に害を与えない宗教なら、キリストもサンタも、何の神様でも信じています。笑
しかし、私は大山には旅行できているだけであって、遠いしお山に登るの大変だし、そんなしょっちゅうお礼には来れない…
困ったなぁ…
せめて、大山の神様でなくとも、近場の神様にお礼をすれば少しは伝わるかもしれない。
(もちろん、お金と時間に余裕ができたら、きちんとお礼参りに伺うつもりです)
ひとまず、都内の神社巡りをすることから始めました。
どこもきちんと管理されていて、清々しい、心地よいなぁ、と思いました。
ある日、家から駅までの道のりに、そういえば神社があるけど全然行ってない、と気づきました。
(一番近くで守ってくれていただろうに、本当にすみません…)
坂の途中にある、階段を上って、すぐの、とても小さい、こじんまりとした、無人の神社です。
無人のためか、落ち葉や枝が沢山落ちていることに気づきました。
毎日通うようになり、ふと、あれ、誰も掃除していない…?狛犬さんにも鳥の落し物がついてしまっている、これは掃除しても良いのだろうか…?
しばらく悩んだのですが、怒られたら辞めればいいや、と、家からホウキとゴミ袋と掃除用具一式を持ってきて、掃除を始めました。
平日は13時間以上仕事して毎日終電なので、朝は掃除する元気が出なくて、せめて土日どちらかにしようと決めました。
それから、しばらく毎週末朝に掃除を始めました。
小さい神社だし、坂道の横道にあるからか、参拝客はほとんど居ませんでしたが、時たまご苦労様、と、話しかけてくださる人もいました。
桜の季節は花びら掃いても掃いても降ってくるので、綺麗だけどちょっと時間止めて〜笑、という感じでした。
参拝の時、今自分の思ってること、起きたこと、毎日色々な報告をしました。
本当はお願いなんか言わないで、ただただ感謝を述べるだけが良いと思うのですが、私はまだまだ煩悩に塗れており、出来た人間ではないので、しばらくは到底無理そうです。
ですが、必ず最初に日頃のお礼を言うようにしています。
また、神様に任せっきりのお願いもしません。自分の力の及ばない、どうしようもないことをお願いするときは別ですが、自分のお願いの場合、
「◯◯になりますよう、精進いたしますので、どうかお見守りください」
と、必ず自分の努力を誓うようにしています。
全く何の努力もせず、願いが叶ってしまったら、素晴らしいのかもしれませんが、誰でも何でも願っただけで努力せずに願いが叶う世界は少しつまらないと思います。
お礼のつもりで始めた神社参りとお掃除が、いつか自分を見つめる良い時間になっていました。
1時間以上、1人無心でひたすら掃き掃除などするので、頭の中がいい意味で空っぽになり、思考がクリアになります。
神社のお掃除を始めてからしばらくたったある日、見知らぬおじいちゃんに話しかけられます。
「お掃除しているんですか?」
と、聞かれたので、はい、と答えました。すると、
「わしゃあ、ここの神主さんから頼まれて、シルバー人材センターから掃除に来とるんやよぉ。頼むからワシの仕事とらんといてぇ〜笑笑」
私「?!???!??!!」
一瞬頭がパニックになりましたが、
「お仕事取ってしまってすみませんでした!!」
とすぐに謝って、続きをお願いました。
お社の前まで行き、神様にもうお掃除の必要がなくなってしまったことを伝え、これからはお参りにだけ伺うことを言いました。
とても可愛らしかったおじいちゃん、今まで会わずにお仕事勝手に進めていてしまって、申し訳なかったです。
もし、近所の神社お掃除しようかな、と言う方がいらっしゃったら、一度問い合わせてみてから始めた方が良いかもしれません。
そんなわけで、今では私の神社掃除は終わってしまいました。
