西加奈子:著『サラバ!』

 2015年の直木賞を受賞した作品。イランで生まれ、大阪で育ったた著者の自伝的要素が入っているのではないかと予想されます。

〇あらすじ

 1977年5月、圷歩(あくつあゆむ)が、父の赴任先のイランで誕生するところから始まり、終始彼の一人称視点で物語は進みます。
 美男美女であり、性格はおとなしい父と、やや激しめの母。そして、4歳上の傍若無人の姉。姉は「食べ物の上を歩く」、「癇癪を起こす」、「家の中に植木鉢の土をぶちまける」など、暴虐の限りを尽くしています。それは、一家が日本に帰国しても、彼女が中学生になってもおさまりません。姉は高校進学もせず、街のあちこちに「しっぽ付きの巻貝」を描き続け、カリスマ・アーティスト扱いされます。
 歩は、そんな姉を横目に、高校から大学へ進学しますが、卒業しても就職せず、音楽雑誌に時々寄稿するような生活でした。
 

 そんな、根無し草な状態の中、恋人と別れたり、次の恋人に裏切られたり、親友と思っていた友人が自分の元を去っていったり、親しい人が亡くなったり、両親が離婚したり、父が出家したり、頭がだんだんハゲたりしていきます。
 そんな時、カリスマ・アーティストをやめ、世界中を放浪していた姉が、恋人を連れて帰ってきます。昔の暴虐ぶりはすっかり鳴りを潜めており、あろうことか、「あなたは誰かと自分を比べて、ずっと揺れていたのよ。」と分かったようなことを言われます。そして、母と姉の仲も、あんなに激しく諍いあっていたのが噓のように、穏やかなものになっていきました。
 

 いたたまれず、子供の頃に暮らしていたイランに行きます。子供の頃、親友だったヤコブに会い、心穏やかになり、姉の言葉にも向き合うことができるようになります。そして、唐突に小説を書くことを決意。これまで語られていたことが、実は歩の書いた小説であることが語られます。


〇感想

 長い!上下巻合わせて700ページ越え。
 そして、エピソードが多いにもかかわらず、全てのエピソードが未消化。結末が示されず、投げっぱなし。
 特に、姉の暴虐ぶりに家族が振り回される描写が長くて、読んでいてつらいです。しかも、姉はそのトラウマをあっさり克服し、逆に歩に上から目線。

 本作は、同時に「直木賞」というものの抱える問題が露呈されているように思います。
 

 「直木賞」は、エンタメに与えられる国内で恐らく一番権威のある賞ですが、その年の出版物のみが対象とされる一方で、「この人、そろそろ直木賞獲ってもいいんじゃないか」といった忖度が働くものです。

 そのため、実績のある人に対しては、それなりの作品でも与えるということが起きるため、代表作ではないような作品でも「そろそろ…」という感じで受賞するということが起きます。こうした配慮は、「作品に対する賞」と言っていながら、「同じ人には二度与えない」という、というある意味、矛盾した運用から生じています。まぁ、大概の賞がそうですが。

 ちなみに、売れ行きでいうと「直木賞」より、「本屋大賞」の方が良いようです。(本作は、本屋大賞第2位)

 著者自身は、いくつも素晴らしい作品を書いていますが、本作については、「小説という形式による作者自身の自分語り」と感じます。「自分語り」だから、消化しなくても良い。人生なんて、そんなもんじゃん、と言っているようです。
 だから、あらゆるエピソードが未消化。そして、語り手が小説の作者。この2点において、「エッセイでも良かったんじゃない?」と思わせる作品です。
 

 西さん好きには良いのでしょう。でも『ふくわらい』や『さくら』、『漁港の肉子ちゃん』(アニメ化)の方が、小説としての完成度は高いと思いました。
 

 そろそろ、直木賞を与えるには手ごろな作品だったんじゃないでしょうか。