2021年出版。柴田錬三郎賞を最年少で受賞。本屋大賞4位入賞。

 文庫になりましたが、雑誌『ダ・ヴィンチ』の「BOOK OF THE YEAR2023」では、文庫ランキング第1位と、依然人気が衰えません。事実、著者の十周年記念作というだけあって、非常な力作となっています。
 2023年には、稲垣吾郎と新垣結衣の主演で映画化されています。(映画評も掲載しています。

 本書は、「ダイバーシティ(多様性)」という概念を知るのに、非常に有効なものとなっています。
 しかし、決して「多様性=人間の様々な性(あるいは嗜好)のあり方を認め合いましょう。」という、単純なメッセージではありません。むしろ「多様性が、他人に認められることがいかに困難なのか」ということを示しながら、読者に考えさせるといった内容となっています。

●あらすじ
 物語冒頭で、「児童ポルノ所持容疑」で、三人の男性が逮捕されます。
 逮捕されたのは、矢田部陽平(24才、小学校非常勤講師)、諸橋大也(もろはしだいや、21才、大学3年生)、佐々木佳道(30才、会社員)。
 彼らは、少年たちを公園に集め、遊ぶ姿を撮影する「パーティ」の参加者でした。そして、矢田部の所持するパソコン等から、少年たちとの性的な行為を写した動画や画像が大量に発見されたことから、彼は容疑を認めています。
 しかし、諸橋大也は黙秘。佐々木佳道は容疑を否認し、「わけのわからないことを主張」しているといいます。
 一転、彼らが逮捕される以前に遡り、彼らとその周辺の人たちの主観で物語が語られます。それは、2019年5月1日という、、平成が令和に変わる日に徐々に収斂させながら語られていきます。
 諸橋大也は、イケメンの大学生で、彼に恋している女性も多く、一見すると「パリピ」のように見えますが、「水フェチ」という性癖があります。これは、水の流れている様子や形を変える様子に、性的興奮を覚えるというものです。そのため、インターネットで「水」に関する検索を行っていたところ、同様の性癖を持っている佐々木佳道と知り合い、佐々木の主催する、「子供たちを集め、水遊びをする様子を鑑賞する会」に参加します。
 しかし、もう一人の参加者であった矢田部陽平は、子供(少年)に対する性愛が中心であり、余罪もあったことから、二人は矢田部の巻き添えを食らい、逮捕されてしまうのです。
 本書は、諸橋大也と佐々木佳道の「水フェチ」という性癖が、徐々に明らかになる過程と並行し、「異性愛」を性癖とすることを当たり前のものとして、様々な「当たり前」を無神経に押し付けてくる世間に傷つけられ続ける人たちを描いています。


 中心は、諸橋大也と佐々木佳道の物語ですが、一見普通の人間として登場する人々も、そうした「押し付けられた当たり前」に苦しみ悩む様子が描かれています。
例えば、特殊性癖が理解できない寺井啓喜(てらいひろき:検事)も、子供が不登校です。しかし彼は「学校に通うこと」が当たり前と思っていることから、学校に通えない子供の気持ちや、不登校児の母親(自分の妻)の心情に、なかなか寄り添うことができません。
 大也の同級生の神戸八重子は、例年大学で行われているミスコンの代わりに、「ダイバーシティフェス」を開催しますが、「男性の視線が苦手」であり、実の兄にさえ嫌悪感を感じています。

 ほかにも、自らの「性的な欲求=性欲」が、世間が押し付けてくる「正しい欲求=正欲」とのギャップに苦しめられることによって、息苦しさを抱えて生きている人々が描かれています。

 佐々木佳道の妻、(旧姓:桐生)夏月は、佳道が逮捕された後、寺井の取り調べに対し、(夫である佳通に)「いなくならないからって伝えて下さい。」と言います。そもそも彼女も、義道と同じフェチを持っており、佳道の同様の性癖を知って「仮面夫婦」を持ち掛けていたのです。しかし、彼らの夫婦生活は、世界から初めて認められる居場所を得られた、極めて貴重なものでした。

 もちろん性癖が高じて、法を逸脱してしまうのはいけません(その辺も描かれています)。一方で世間の基準と違っている人たちは、世間から一般的な基準の枠を、日々無理やり当て嵌められていると感じているということです。

 「多様性」を理解することとは、相手との違いを理解するだけではなく、「多様性」を自分の隣に置くこと。自分と違う性(あるいは嗜好)を持つ人を、単に理解しようと努力するのではなく、ただ黙ってそばにいることだと感じます。
 
 自分の隣に「多様性」を置けるか?と考えたときに、本書は導き手となるのではないでしょうか。