「驚愕のサイコ・スリラー(HPより)」だそうですが、サスペンスですらないので、安心して観てください。
天才指揮者、リディア・ター(ケイト・ブランシェット)は、女性として初のベルリン・フィル常任指揮者の座に就任します。インタビューや講演会も盛況。有名なジュリアード音楽院で講師を行うなど、多忙な毎日を過ごします。
自身、レズビアンであることを公表しており、一緒に暮らす女性(ベルリン・フィルのヴァイオリン奏者)と、小学校に通う娘(養女?)と暮らしています。
一方で、ターは自己がのし上がるために障害となる存在に対しても容赦がありません。同じく女性指揮者のクリスタが、楽団にエントリーするたび、ターはその楽団に、クリスタの中傷メールを送っています。仕事に就けないクリスタは、何度もターにメールしますが、ターは、クリスタからのメールを無視するよ秘書に言い続けます。結局、クリスタは自殺。すると、彼女の両親が、ターを亡くなった娘に対するハラスメントで告訴します。
最初は、深刻にとらえないターでしたが、彼女のマネージャーの暴露や周囲の評判(特にSNS)が、彼女を誹謗中傷するようになり、やがて彼女自身精神のバランスを崩してしまいます。
悪評や自身の不調から、マーラーの5番のライブ録音を降ろされますが、なんとコンサート当日に会場に乗り込み、指揮台の代振りを突き飛ばし、自ら指揮しようとします。当然、警備員につまみ出され、オケも馘首。
パートナーとも別れ、フィリピンで再起を図ろうとします。
あらすじは、こんな感じですが、とにかく長い!
2時間40分近い大作ですが、余計なシーンが多い!!
冒頭に、キャスト表が流れる中、延々(10分近く)シピポ族のもの悲しい歌が流れた後、リディア・ターと音楽評論家の座談会が始まりますが、これも10分位でしょうか、とにかく長い!!!延々、どうでも良い音楽蘊蓄が垂れ流され、肝心のターの音楽性の高さが伝わりません。大学での講義も退屈。説得力のない指導で、こだわりの強い学生を怒らし、退室させてしまいますが、その内容も特にこれといったものもありません。
Youtubeで、本作を深く考察したレビューがありますが、鑑賞結果からは、このムダな尺に意味があるということが、誰にもわかるようには作られた映画とは言えません。
「わからない観客は相手にしない。」というような作品は、評論家やマニアにしか伝わらないのではないでしょうか。
作品では「栄光からの挫折と狂気(そして再生?)」を描きたかったようですが、彼女の指揮(の演技)が特に素晴らしいとは思えません。オケは凄い。音質も表現も素晴らしいのですが、ターがそこに寄与している(ターが演奏している)感じは、画面からは全く伝わってこないのです。
ターのキャラクターについては、何となく嫌な奴だなぁという印象は受けます。自分のお気に入りの奏者にソロを与えたり、気に入らない副指揮者を馘首にしたり…。でも、それって普通…。
レヴァインやバレンボイムの「#Me Too」問題を引き合いに出していますが、そこまでのこととは思えません。(抜擢されたソリストも、ヘタクソなわけではありませんし。)
そして、彼女の周囲で起こる不穏な動き(深夜のメトロノームや変な隣人、不審な尾行者)も、全く大したものではありません。そんなことで神経過敏になるのって、メンタル弱すぎではないのか。
要するに、主人公の持ち上げ方に加え、落とし方までが中途半端なので、退屈感を禁じ得ない作品となっていました。
字幕にも苦言を。彼女が指揮する「ベルリン・フィル」はドイツのオケなので、ターもドイツ語で指示しますが、ドイツ語の部分の翻訳字幕がありません。翻訳者、もう少し頑張れ!!(もしかしたら、その部分台本が来てない?)
というのも、マーラーの5番4楽章「アダージェット」を練習している最中のオケとのやり取りので、笑いが生じる部分があります。「ヴィスコンティ…」と言ったように思えました。これは、ヴィスコンティ監督の映画『ヴェニスに死す』について言及していると思われます。『ヴェニスに死す』では、実際「アダージェット」が執拗に流されていますから、そんなに(ヴィスコンティ監督のように)こだわるなといったところでしょうか。
ですが、知らない人は、わからないネタです。会話が盛り上がっているのに、字幕なし。字幕がないので、後で調べることもできない。観客ポカ~ンですよ。
映像はキレイです。撮影にこだわった感は出ていました。
音楽もいいです。むしろ、マーラーの演奏を全曲流す映画にしてくれれば言うことなしでした。