こんなSFを待ってました。
SFが読みたい2020年版、堂々の第1位で、その評価に恥じない短編集です。
表題作の第一話「なめらかな世界と、その敵」。
誰もがパラレルワールドに自由に行き来し、そこにいながら別の世界線にも存在できる社会。例えば、うだるような夏の暑さの中、パソコンの壁紙を変えるように、窓外を雪景色にしたりでき、交通事故で亡くなったはずの父親が食卓で朝食をとっていたり、学校で友達と会話しながら、家でゲームに興じたりすることが、視線を移すように容易な世界です。
主人公の高校生はずきのクラスに、小学校時代の友達マコトが転校してくるが、彼女は「乗覚障害(平衡世界への行き来ができなくなる病気)」になっており、はずき達との交友をかたくなに拒む。そこで、はずきのとった行動とは…。
第二話「ゼロ年代の臨界点」
ゼロ年代は一般的には、2000年代を指すが、ここでは1900年代(明治時代後期)のこと。
この時代に頭角を現し、ゼロ年代を牽引した三人の女性作家、中在家富江、宮前フジ、小平おとらの活躍を描いている。彼女らの作品(現代作品のパロディ)を紹介しながら、1900年代のSFの隆盛と衰退を描いています。
第三話「美亜羽に贈る拳銃」
ナノマシン医療により、あらゆる精神病が根絶された社会。人間の人 格すら改変が可能となっている時代における愛と憎しみの物語。伊藤計劃『ハーモニー』から世界観と、同著の主人公「御冷(みひえ)ミァハ」と梶尾真治『美亜へ贈る真珠』からヒロインの名前を採用したと思われ、それぞれの作品への深いオマージュを感じるとともに、素晴らしいオリジナリティ溢れる作品です。
第四話「ホーリーアイアンメイデン」
どのような闘争心も、抱擁一つで沈めることができるため、各地の戦争を治めるため世界各国を飛び回る姉。その姉に殺されることを計画した妹から、姉に届く死後の手紙形式で構成されています。
第五話「シンギュラリティ・ソビエト」
世界に先駆け、AIのシンギュラリティを達成したソビエトを舞台にしたスパイ合戦。AIによる遺伝子完全解析が達成され、有用な国民は本人が気づかないまま何人ものクローンが作られ、国家に貢献しています。
ユートピアかディストピアか判然としない世界観が素晴らしいです。
第六話「ひかりより速く、ゆるやかに」
新幹線のぞみ123号は814名の乗客を乗せ、名古屋駅に向かう途中で突如外界との接触ができない状態となる。車両は停止した状態で、乗客は外から観察できるが、外からの呼びかけに全く応じず、ドリルの穿鑿も通用せず、重機などで動かそうとしても動くことがない。
乗客の中には、修学旅行から帰る途中の紀上高校二学年生と教師たちも乗車していた。
やがて、新幹線は停車しているのではなく、極々ゆっくり進んでいることがわかるのだが、次の駅に停車するのは2700年後になるという。
修学旅行を欠席していた伏暮速希(ふしぐれはやき)と薙原叉莉(なぎはらさり)の二人は、接触できなくなった級友たちのことを思い、社会は様々な推測を行うのだが、事態は進展せず、10年が経過してゆく。
こうやってあらすじを書いていて思うのは、このような素晴らしい作品に対しては、「ぜひとも読んで!」という感想しか浮かばないことです。
SF的なアイディアがちりばめられていることはもちろんですが、それぞれが今日的な扱われ方をしています。例えば、パラレルワールドというのはよくあるアイディアですが、それが人々にとって日常化している世界は、容易に想像することはできません。また、物語の作り方もうまいです。第六話では、限定された空間の時間が極端に遅くなり、原因がわからないまま誰もが忘れていく中で、一人の高校生を中心に据え、彼がそれを覆そうとする様は、青春ものでありヒーローものであり、「これがSFだ!!」という快哉を叫ばせてくれるものです。
久しぶりに良い作品を読ませていただきました。
作者は、『少女禁区』で、第17回日本ホラー小説大賞短編賞受賞して、今回がそれから9年ぶり(なんて寡作?!)の作品集です。
もっと書いてください!!!(心の叫び)