アイシテル(3) | かくれんぼ

かくれんぼ

私の物語の待避所です。
よかったら読んでいってください。

 

2 田川継穂

 

はじめまして、弁護士の田川です。今回は北添さんの件で話を聞きに来られた、ということでよろしいでしょうか。分かりました。まあ、ゆっくりしてください。レコーダー回しますか?あ、いえ、気にしないでください。

 

たまに断りもなく回す人がいるものですから。

 

んんっ。では、話していきましょうか。

 

北添さんの弁護に選ばれたと聞いた時は驚きました。彼女のことについては報道などで聞いていたので、自分なんかに務まるだろうか、と不安で。あぁ、国選弁護士ですよ。彼女、両親がいないんです。払うお金もなかったようなので。

 

それでも、とりあえず、選ばれたからにはきちんと弁護をしなくてはいけないので、まず、事件について洗いなおしました。

 

事件が起きたのは、四年前の十月二十日。人気のない路上で伊尾木彗くんが上半身裸の状態で遺体となって発見されました。遺体の損傷が激しく、体には無数の切り傷、心臓には突き刺されたナイフ。遺体の下には真っ赤に染め上げられた真っ白なバラの花びらが敷かれていました。犯行前に北添さんと伊尾木くんが花屋を回っていたという情報があるので相当な量だったのではないでしょうか。それに、犯行時に雨が降っていたというのに、大量の血が流れることなく現場に残っていました。そして、なにより、目を引いたのは口の中に押し込まれたクッキーでした。ほら、外国とかでよく見かける人型のクッキーがあるじゃないですか。あれがいくつも口内に押し込まれていたんです。尋常じゃない光景でしたでしょうね。第一発見者の方は今、PTSDを患っているそうです。遺体をご覧になったご家族もショックで鬱状態になっていると聞きました。本当になんと声を掛ければよいのか。胸が張り裂けそうです。

 

事件から一か月後、私は北添さんに初めてお会いしました。印象ですか?そうですね、大人びていて何を考えているのか全く想像がつかなかったといったところでしょうか。ただ、話してみるとだいぶ第一印象とは違ってきて、親しみやすい可愛らしい女性だなと思いました。こんな人が凶悪な犯罪を起こすだなんて信じられなかったです。今も心のどこかで本当はやっていないのではないだろうかと考えるときがあります。死刑を回避できなかったことが一番の心残りです。

 

あぁ、話が逸れてしまいましたね。彼女と初めて会ったところから話せばよいでしょうか。いや、でも、少し長くなってしまいますね。時間もないですし。何か聞きたいことはありますか?

 

お菓子について?なるほど。それを聞きたいんですね。分かりました。私が知っている範囲でお答えします。ただ、あまり語りたがっていなかったので話す内容は知っていることばかりかもしれません。

 

彼女が伊尾木くんにお菓子をプレゼントし始めたのが今から約四年前。なので、彼女たちが高校一年生の時ですね。彼女たちが付き合い始めたのもその年だったそうです。五月中に恋人の関係になって、それから少しの間は健全なお付き合いをしていたと言っていました。お菓子を始めてあげたのは夏休み中のことだったそうです。その日、たまたま彼女は彼にクッキーを焼いていきました。気紛れで作ったのを彼にあげたと言っていました。

 

「どう、おいしい?」

 

「おいしいよ。優しい味がするね」

 

その時のことを彼女は幸せそうに語っていました。殺した相手との会話を、ですよ。信じられなかったです。どうしてそんなに幸せそうに語れるのか不思議で仕方ありませんでした。まあ、でも、覚えてくれているほうがこちらとしては助かるので何も言いませんでしたが。

 

彼女は、彼が自分の作ったものを褒めてくれたという嬉しさが忘れられなかったのでしょうね。家には常に一人きりだし、なにより、褒めてくれる親がいない。そのせいもあるのでしょう。その日から、彼女は週に一度は彼のためにお菓子作りに励みました。

 

作り始めて半年ぐらいたったころでしょうか。彼女、間違えて洗剤をブラウニーに混ぜ込んでしまったそうなんです。包丁か何かについてたのに気づかず作っちゃったんでしょうね。けれど、それを彼の家に行って彼に食べさせてしまった。大量な量が含まれていたようで、彼はすぐに食べたものを吐き出しました。

 

「彗くん⁉」

 

彼女は焦りました。自分が食べさせたものの中になにか毒物が入っていたのではないか、と。彼が死んでしまうかもしれないとパニックに陥りました。そんな彼女に、彼は優しい言葉をかけながら縋りつきました。

 

「真広、落ち着いて。だい、じょうぶ。僕は、平気だから」

 

はあはあと苦しそうに息をする彼。彼女はだんだんと平静を取り戻しながら、彼を抱き寄せました。そんな時に彼女は心の中にある感情が宿ったそうです。

 

「大丈夫、伊尾木くん。私が支えてあげるから」

 

彼女は縋り付いてくる彼がよほど嬉しかったのでしょう。毒を入れれば彼が自分のことを頼ってくれる。そう考えたのです。全く愚かな考えです。

 

彼を介抱し、家を出ると、すぐに彼女は近くの薬局へ駆け込みました。そうです。薬を買ったんですよ。

 

さすがに彼女もバカじゃない。毎日毒を入れればバレてしまう。そう思い、彼女は一か月に一度、不定期に毒を入れることに決めました。分量も変え、症状の程度も毎回変えます。そうすることによって、彼に気付かれることを回避していたのでしょうね。

 

そんな日々が何日も続き、彼は次第に周りの人間にも分かるほどに弱っていきました。具体的には、ふらつきながら歩く、耳が遠くなる、発熱が何日も続く。学校を休むこともしばしばありました。そんな日は決まって彼女が彼の家を訪問していたそうです。

 

自分を求めてくれる、ただそれだけの快感のために彼女は行為を繰り返しました。そんなことをしなくても、きっと彼は彼女を愛しただろうに。

 

間違いが起きたあの日のことを死ぬまでずっと彼女は私に話しませんでした。他の関係者に聞いても誰も聞いていないそうです。なので、実際にあの日、なにが起きて伊尾木くんが殺されなくてはならなかったのか、というのは本人の口からは聞いていないのです。

 

あぁ、その日のことについてちゃんと知りたいのなら、彼女が死ぬ前に書いた遺書を読むといいですよ。本当は遺書を書くなんてしてはいけないのだそうですが、あまりにも不憫に思った所長が書かせてやったそうで。所長のお名前は伊良部さんだった気がします。その方がとても優しい方だったようで。確か、遺書ならまだ刑務所かどこかにあるんじゃないでしょうか。調べているのなら一度、会いに行ってはいかがですか。

 

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